2026年3月3日火曜日

続々・バンコクに帰れなくなった件(お気楽クルンテープ通信 No. 47)

困り果てたK先生と私,「とにかくいったん座って作戦会議だ,落ち着こう」と,ベンチを探し,なんとか空いている席を見つけた.空港の公衆Wifiに接続し,帰れる便を探すべく,あちこちの航空会社を検索しまくった.

チケットカウンターに行き,そこで大枚叩いて正規運賃で航空券を購入すれば,最も早く帰れるのだろう.しかし,けっこうな金額になるし,補償のアテもないところでそのリスクを犯すのは,いささか抵抗がある.さらに,この時点ですでに夕方になっていたので,今日中に帰る便には乗れそうもない.調べていくと,二日後に出る便であれば比較的安いチケットを手配できそうだということがわかった.

そのなかで,明日,出発する便で,バンコク行きではなく,東京行きのチケットであれば,それなりにリーズナブルな価格で買えそうなものを見つけた.スイス航空とキャセイパシフィック航空の組み合わせで,アテネ→チューリッヒ→香港→東京という旅程である.

バンコクに戻らないと精算がややこしいことになりそうだなと,若干の躊躇はあったが背に腹はかえられぬ.即決で予約し購入.これで,なんとか足は確保できた.

これで帰れるよと横にいたK先生に伝えたら,残念なことに彼はそのチケットを購入できなかった.タイミングの問題だったのだろうか.それともメンバーシップのステータスの問題かもしれない.持っててよかったJGC.

次は宿探しである.思えば,昔,ヨーロッパ3週間の放浪旅をしたときも,次の街に移動してからインフォメーションでその日の宿を決めていたなあ……などと感慨に耽る暇はなく,イマドキなのでやはりホテルもネットで検索する.

アテネに来る予定はなかったので,まず,街そのものがわからない.調べてみると,シンタグマ広場という場所が中心地らしく,交通の便もよい.したがってそこを中心にホテルを探し,そこそこの価格のホテルを1泊,予約した.これで,宿も確保できた.

隣のK先生も,苦労の末,なんとか,日本への便と宿を手配できたようだった.ただし,彼はアテネに2泊しなければならず,LCCの組み合わせでフランクフルトからウランバートル経由というなかなかチャレンジングな便を予約していた.

あとで聞いたところによれば,エミレーツで代替便を手配したS先生は,5日までアテネに逗留することになったそうだ.この文章を書いている時点で,彼はまだアテネにいる.ご苦労様なことである.アテネに2泊したK先生も,空白の1日でパルテノン見物などを楽しまれたようだ.呑気な写真が送られてきた.

日本へ戻るチケットと宿を確保した我々は,とにかくホテルで休もうと,空港隣接の鉄道駅に向かった.ところが,また,ここで問題が発生,2月28日は,2023年に発生した鉄道事故の対応に対するデモがギリシャ各地で行われており,鉄道もストライキしていたのである.

ストライキの話は前日に聞いて知っていた.しかし,我々には関係ないものとばかり思っていた.まさかここでとばっちりを受けるなどとは夢にも思わない.まったくもう,一難さってまた一難である.

しかし,シンタグマ広場に宿をとった我々の嗅覚は確かだった.X95番のバスに1時間揺られれば広場まで連れて行ってくれるとの情報を得て,無事,バスで市内まで行けたのである.さらに,このバス,24時間運行という心強さ.翌日は7時5分発という極めて早朝の便にも関わらず,夜中のバスに乗って空港まで戻ってこられた.めでたしめでたし.

そんな経緯で,チューリッヒ,香港と経由して,いま,東京に戻ってきている.予定はだいぶ変更されたが,無事に戻ってこられてよかった.明日の講演の準備をしなければ.

思いがけずアテネに1泊したので,夜はギリシャ料理も堪能できた.写真はミートボール(左)とムザーカ(右).注文したときに,ミートボールの付け合わせを「ポテトにする?それともライスにする?」と尋ねられ,米飯に飢えているとのK先生のリクエストでライスを選んだら,これが格段に旨かった.自分も無意識のうちに米を欲していたのかも.アジアの血は揺るぎませんなあ.

また,トルコにも近いので,ケバブのような料理も有名だということも知った.人間万事塞翁が馬,禍福は糾える縄の如し.昔のひとは,なかなかいいことを言うものだ.

続・バンコクに帰れなくなった件(お気楽クルンテープ通信 No. 46)

乗り継ぎ便がキャンセルされた可哀想な子羊ちゃんたち3名を乗せたエーゲ航空335便は,滑るようにアテネ空港に着陸した.ここから,我々の悪戦苦闘ぶりをできるだけ詳しく記録すべく努力する.似たような状況に巻き込まれたときは,ぜひ,参考にしていただきたい.

まず,気になったのは,預けた荷物である.次の便がキャンセルになったのだから,預けた荷物の行き先が気になるところだろう.バゲージクレームまで進み,歩いていた係員を捕まえて「次の便キャンセルやねんけど,荷物はどうなるん?」と聞いてみた(注:拙い英語で質問している様子を拙い関西弁で表現しています).

すると,「まあ,通常は出てくるけど,バゲージクレームのカウンターで聞いてみ?」とのこと.そこで,いくらかすでに列が出来ていたカウンターに並び,「どうすればええねん?」と尋ねてみた.

担当のオバちゃん曰く,「ドーハ行きのあんたらは7番ベルトから出すから待っとき.ドバイ行きの君は付いてきて.フォローミー」と,なかなか素敵な対応であった.ドバイ行きのS先生とはここでサヨナラである.

7番ベルト前でしばらく待っていると,はたして,我々の荷物が流れてきた.これで,とりあえず預け荷物問題は解決した.ぼーっと待っていただけでは荷物が出てくることはなかったわけで,コミュニケーションの大切さを実感する.

次は,代替便の手配である.思えば,初めて海外旅行をしたときに,ローマから出る帰りの便がストライキで3時間遅延し,どこで乗り継ぎだったか忘れたが日本行きの乗り継ぎに間に合わないということがあった.

そのときは,地元に住んでいるという日本人のお姉さんが助けてくれて,イタリア語で窓口と交渉してくれたのである.急遽構成された日本人団体様十数名御一行は,アリタリア航空が手配してくれたホテルに送られ,翌日の便で無事に日本に戻ってこられた.そのときの話も面白い話があるが,今回とは全く関係ないので割愛する.

その経験を活かして,とにかく交渉だ,今回は自分でなんとかするぞぅ!と意気込んではみたものの,どこに行けばよいのか,まず,それがわからない.

とにかく乗り換えカウンターかチェックインカウンターか,出発ロビーに行くべきだろうと上の階に上がってみる.インフォメーションがあったので,カタール航空のカウンターはないか?と聞いてみたら,カタール航空のサービスカウンターが向こうにあるからあっちに行けとの回答を得た.

向かってみると,たしかに,ポツンと一つ.カタール航空のマークが出ているカウンターがある.しかし,客が列をなしているかと思えばそうでもない.どういうことだろう?

その答えはすぐにわかった.カタール航空サービスカウンターのおネエさん,とにかく塩対応なのである.

「ドーハ行きの便がキャンセルになった.バンコクに帰りたい.どうしてくれる?補償は?」などと粘ってみるも,「ここでは何もできない.メールが来るからそれで対応しろ」の一点張りなのだ.「荷物ピックアップした?」とは聞かれたので,そのあたりのケアはしてくれるらしい.しかし,その問題について,我々はすでに自力で解決済みである.

いやはや困った.埒があかない.これはいよいよ自力でなんとかしなければないのか?我々の運命やいかに?

写真はハニア空港にあった観光案内のインスタレーション.私も持っているキネクト互換品のセンサーが設置されていて,ジェスチャー操作でコントロールできるようになっている.が,とにかく使いづらいことこのうえないし,操作していると疲れる.とにかくジェスチャーコントロールみたいなことをやってみたかったんだろうな.担当者の気持ちはよくわかる,でもなあ……という案件.

続きます.

バンコクに帰れなくなった件(お気楽クルンテープ通信 No. 45)

今回は少し番外編という気もするけれど,記録のために顛末をしたためておこう.いまこの文章を書いているのは東京の自宅である.一時帰国する予定はなかったのだが図らずもいったん日本に戻ることになってしまった.

本来は3月1日の日曜日にバンコクに戻るはずだったが,3日のいま,東京にいる.明日の講演会にバンコクからオンライン登壇で参加する予定だったところを,急遽,現場でのリアル参加に切り替えた.その仕事を終えてから,バンコクに戻る予定である.

なぜそんなことになってしまったのか.ことの経緯はこうだ.

2月25日から27日まで,ギリシャはクレタ島のハニアで開催された国際会議EIDWT 2026で研究成果の報告をする予定があり,24日にバンコクを出発した.安めの便を選んだので,ドーハ経由の深夜便でアテネまで飛び,そこからハニアに渡るという強行軍ではあったが,行きは無事に移動できた.

国際会議は順調に行われ,自分の発表もつつがなく終了,座長を担当したセッションではオンライン発表2件がノーショウというアクシデントに見舞われつつも,少し早めに終わらせた以外は問題なく進められた.基調講演や他のセッションでも前向きに質問をしたし,レセプションやバンケットでは人的ネットワークの構築にも勤しんだ.それなりの金額を支払って参加しているのだから,チャンスは積極的に利用すべきだ.

さらに,会議の様子が地元の新聞で報じられ,そこに掲載された写真にデカデカと映り込んでしまうなどの微笑ましい出来事もあり(写真),27日までの予定は無事に終了した.

帰りの行程は比較的余裕をもって取っていたので,28日,ちょうど正午前後にハニア空港でチェックイン,スーツケースを預け,午後の便でハニアからアテネに飛ぼうとした.事件が起きたのは,そのアテネ行きの便を搭乗ゲート前でボーッと待っていたときだ.

事件とはなにか.米軍・イスラエル軍のイラン攻撃である.

アテネ行きの便を待っている間,メールをチェックしたら,カタール航空からメッセージが届いていた.曰く,「Flights have been temporarily paused due to the closure of Qatar's airspace.」(カタールの空域が閉じられたためフライトは一時的に停止しています)とのこと.空域が閉じられたので停止?どういうこと?

そのうちに,カタール航空のアプリ経由で,ドーハ行きの便がキャンセルされたことを知った.米国とイスラエルがイランを空爆したニュースも入ってきた.まったく,余計なことをしてくれたもんだ.迷惑千万である.

同じ会議に参加していた関係者で,被害を受けたのは自分を入れて3名.同じカタール航空便でドーハに向かうK先生と私,および,エミレーツ便でドバイに向かうS先生である.ドーハ便が欠航になっただけでなく,ドバイ発着の飛行機も軒並みキャンセルになっているらしい.

とりあえずアテネまでは行けるので,そこで考えようと,皆は飛行機に乗り込んだ.

余計なことをしでかしてくれた米国,イスラエルのとばっちりを受けた3名の運命やいかに?我々は家に帰れるのか?はてさてどうなる?(続く)

2026年2月24日火曜日

続々・パタパタ市場に行ってみた(お気楽クルンテープ通信 No. 44)

韓国人観光客に囲まれつつ,列車はいよいよメークローン駅に近づいてきた.

韓国語を話すタイ人ガイドが「いよいよですよ」と説明する.メークローン駅手前のエリアが,メークローン鉄道市場である.大きな踏切が二つあり,手前の踏切あたりから,列車は観光客に囲まれるなかを緩やかに進んでいく(写真).

これでよく事故が起こらないものだと感心するが,列車はとてもゆっくり進むし,係員が何人もいて監視しているので問題ないのだろう.

さて,我々がスーパーヒーローたる所以である.とにかく周囲の観光客が手を降ってくる.こちらも手を振り返す.なんというか,レッドカーペットを歩くセレブになった気分を味わえる.窓から顔を出して手を降っていたら,欧米人観光客と思しきオッサンがバナナを一本,こちらに向けてきた.なんとなく受け取ってしまったが,こちらをサル扱いしてきたのか?

まあ,そんな感じで特別な体験を味わえるので,一度は訪れてみる価値はあるだろう.進行方向に向かって窓側の席を確保すると,より楽しい.メークローン駅の手前あたりから,途中駅から乗車してくる観光客で車内はだいぶ混雑するので,やはり,メークローン線始発のバンレームから乗り込むとよい.

終着駅,メークローンに到着し,列車を降りた.少し引き返す感じで市場に向かうが,とにかく観光客でごった返している.観光客で溢れていて市場自体を楽しむ余裕があまりないのが,多少,残念ではある.

11:10に到着した列車は,11:30メークローン発の列車としてバンレームに向かい引き返す.したがって,その前に市場をそぞろ歩いていれば,パタパタとひさしをたたむ光景も観察できる.

メークローン駅を出発した列車は,我々の目の前をゆっくりと進んでいった.今度は先ほどと逆で,我々が車内にいるスーパーヒーローたちに手を振る番だ.

列車が通過すると,市場の人たちは,また,パタパタとひさしを広げる.もう,パタパタ市場を十分に堪能した.線路脇までギリギリのところに商品を並べているのも面白い.線路自体が通路になっているのは,まあ,すでに慣れているとはいえ,日本では考えられない話であり観光客にとってはそれも興味深いだろう.

次の列車は15:30の最終列車だが,それまで待つのも長いし,バンレームからマハーチャイでの乗り換えも面倒くさい.帰りはエアコン完備のバスで快適に帰ろうと,バスターミナルに来た.メークローン駅から南に2ブロック行ったあたりに,バスターミナルがある.

チケット売り場でエッカマイ行きのチケットを買うとオババが「ベンチに座って待ってろ」という.ところがどのバスに乗ればよいのかよく分からない.バスにクルンテープ行きと書いてあるのは分かったので,そのバスに乗り込んではみたものの,車掌がチケットを集めにくると皆さん黄色い札を出している.手元をみると自分のは紫.案の定「このバスじゃない」と言われ.バスを追い出された.

幸い,隣に停まっていたバスがエッカマイ方面行きだった.バスを乗り換え,バスに揺られることやはり2時間弱で,バンコク市内まで戻ってきた.帰りのバス代は100バーツ.鉄道利用よりは高いが,行きの料金にウォンウェイヤイまでのBTS料金を加えたらあまり差はない.快適さを考えれば,行きは列車を堪能し,帰りはバスで戻るという旅程がオススメである.

続・パタパタ市場に行ってみた(お気楽クルンテープ通信 No. 43)

パタパタ市場へ向かう列車,いや,途中駅のマハーチャイに向かう列車は,ウォンウェンヤイを出て快調に西へ進んでいく.街中に,もう,列車が通れるギリギリの空間に線路が引かれているものだから,列車は伸び放題の木々を掠めていくわ,窓から家庭の居間が手に取るように見えてしまうわ,なかなかエキサイティングな列車である.ローカル感をたっぷりと味わえる.

ウォンウェンヤイからマハーチャイまでの運賃は,僅か10バーツ.さらにマハーチャイからバンレームに渡る渡船が3バーツで,バンレームからメークローンまでも10バーツである.締めて23バーツなり.たっぷり2時間以上かかる旅程なのに,激安価格である.なお,ウォンウェンヤイで列車に乗ったときは飛び乗ったので切符を買えなかったのだが,列車のなかで車掌に金を払えばよい.タイ国鉄のプロトコルはもう完全に理解した.

多くのガイド記事では電車と書かれているが,当然ながら電化はされておらず,正確にいえば気動車である.ディーゼルのブルブルという音を聞きながら1時間ほど揺られていくと,列車はマハーチャイに到着した.

マハーチャイ駅の周辺もまた面白い.駅はマハーチャイ市場に隣接しており,渡船乗り場に行くには市場のなかを抜けていくことになる.マハーチャイはチン川河口にほど近い街であり,マハーチャイ市場は海鮮市場として有名らしい.多くの人々がバンコクからここまで海産物を買いにくるのだとか.

そんなわけでマハーチャイ市場には魚介類が溢れており,それらを眺めているだけでも楽しい.ただし,かなり匂う.海産物の磯臭さが苦手な人には辛いかも.

駅から渡船乗り場へ行くのは簡単で,列車の進行方向に向かって右に降りたら,そのまま市場のなかを直進,どんつきを左折すればもうそこは川,渡船乗り場がある.渡船はバイクがたくさん乗り込んでいて,渡船というか,もう,完全にフェリーである.いかにも生活の足なんだなあという感じ.渡船は川面をするすると進んでいく(写真).あっという間に対岸に到着した.

対岸の桟橋からバンレーム駅への道のりが少しわかりづらかった.おそらく,うまく接続する次の列車に乗っていれば,桟橋から駅に向かう人たちが駅まで連れて行ってくれたのだろう.しかし,幸か不幸か一つ前の列車に乗れてしまったので,駅に向かう人もほぼいなかった.いちおう道案内はあるのだが,多少,ややこしい.しかしこちらにはGoogleマップがある.ありがとうGoogleマップ.地図を頼りに,難なく駅に到着した.

切符売り場でメークローンまでの切符を買い,やってきた列車に乗り込んだ.ここで,進行方向に向かって窓側に座るとよい.後でわかったのは,バンレームから乗って窓側の座席を確保しておくことが,最後,重要なのだということだ.これについては,後で説明する.

バンレームからメークローンまでは,やはり1時間弱かかる.列車はひたすら西に向かって進んでいく.車窓の眺めは,ほぼ,田舎の景色である.海岸に程近い地域であり,列車は塩田のなかを進んでいく.

列車がメークローンに近づくにつれて,車内がだいぶ混雑してきた.どうも,観光バスで途中駅に乗りつけて,そこから終着駅のメークローンに向かうツアーが組まれているらしい.自分が座っていた席はボックスシートに一人で座っていたのだが,途中から,韓国語を話すタイ人ガイドが引き連れた観光客がぞろぞろと乗り込んできた.

タイ人ガイドの話す韓国語は実にわかりやすく,8割がた理解できた.韓国語を学んでいてよかったなと思った.まあ,難しいことを喋っているわけではない.せいぜいが,「周りは塩田です」とか「私たちはスーパーヒーローです」とか「いまから私が写真撮るから準備してね」とか,そんな程度である.

スーパーヒーロー?どういうことだろう?タイ人ガイドでスマホの写真を見せながら韓国人観光客に説明していたのを横目でみていたのだが,それは,列車が終着駅のメークローンに到着する直前で,実際に体感できた.

まだメークローンに到着していないが,この話,さらに,続く

パタパタ市場に行ってみた(お気楽クルンテープ通信 No. 42)

バンコクの郊外にメークローン鉄道市場という観光地がある.パタパタ市場という愛称も付いているらしい.どんな市場かというと,列車が通るギリギリまで商品が陳列されていて,暑いのでそれらを覆うひさしが線路の上に両側から設置されているという市場である.線路の周囲は,さながら商店街のアーケードをコンパクトにしたような様子になる.

しかし,それでは列車の通過時刻になったときに列車が通れないので,そのときだけ,ひさしをパタパタと皆が畳んで列車を通す仕組みである.パタパタとひさしを畳んだり元に戻したりするその手慣れた様子から,パタパタ市場や折り畳み市場と呼ばれるのだとか.

日本だと全く考えられない状況だが,メークローン線は一日に4往復しかないので,そんなことも可能になる.そしてそれが観光名所にまでなっているのが面白い.

さて,立て込んだイベントがひと通り終了し,久しぶりに余裕のある週末を迎えた.天気もよく,早起きしたので,懸案だったメークローン鉄道市場に行ってみようと思い立った.そろそろ暑季が始まるので,暑くならないうちに出掛けておきたいということもある.もうだいぶ気温が上がってきてはいるので,急いだほうがいい.

旅行会社を調べると多様なツアーがあるようだが,せっかくこちらに滞在しているのだからローカルな方法で訪れたい.調べてみると,メークローン駅に行くためには,バンコク市内のウォンウェンヤイ駅からタイ国鉄,SRTに乗ればよいらしいことがわかった.

ところがこれが面白いことに,ウォンウェンヤイからメークローンまで,線路は繋がっていないのだ.ウォンウェンヤイから出ている路線はメークローン線ではなくマハーチャイ線,終点は途中のマハーチャイである.メークローンに行くにはマハーチャイでいったん列車を降り,渡船で川を渡らなければならない.川を渡ってしばらく歩くと対岸にはバンレーム駅があり,そこからメークローンに向けてメークローン線が続いている(図).面白いじゃない.

ウォンウェンヤイ駅に行くためにはBTSシーロム線でウォンウェイヤイまで行き,そこから10分ほど歩く.ネットの情報をみると1番出口から行く方法が推奨されているようだが,3番出口から出て,そのままクルントンブリ・ソイ1を北上し,チャルーンラート通りを西に向かう行き方がわかりやすい.しかも,ウォンウェンヤイ市場を通り抜けていくので,いろいろ楽しい.ソイは細いのでかなり路地裏感があり,大丈夫?と不安になるかもしれないが,大丈夫.トラストミー.

ウォンウェンヤイ市場を抜けると大通りにぶち当たる.ソムデットプラチャオタクシン通りである.そこを超えると国鉄ウォンウェンヤイ駅があるのだが,ちょうどそのあたりが工事中でかなりごちゃごちゃしていた.大通りをどうやって渡ったものかと思案するも,ちょっと北にずれたところに歩道橋があるのでそこを渡って駅に到着.

ここで,少し列車の運行について説明しておこう.マハーチャイ線はそれなりに運行があり,日中は1時間に1本くらいの頻度で列車が往復している.しかし,先に述べたようにメークローン線は1日に4本しかない.バンレーム駅を発車する列車の時刻表は,2026年2月の時点で次のようになっている.

  • 7:30
  • 10:10
  • 13:30
  • 16:40

ちなみにメークローン発の最終は15:30なので,帰りも列車で帰ろうとすると滞在時間はだいぶ限られる.

バンレーム10:10発の列車に乗り継ぐためには,ウォンウェンヤイ8:35発の列車がちょうどよさそうだ.マハーチャイには9:28に着くので,川を渡り,ゆっくり歩いていっても十分に間に合う.なお,私は少し余裕を持って出掛けたら,ちょうど7:40発の列車がまさに出発せんとす!という状況だったので駆け込んでそれに乗った.その結果,ほぼ何もないバンレームで1時間も待つことになった.まあ,それも旅の醍醐味だろう.

さて,まだバンコク市内から脱出できていないが,いったん項を改めよう.続く

2026年2月23日月曜日

チェンマイ大学訪問(お気楽クルンテープ通信 No. 41)

チェンマイ大学,CMUで講義をしてきた.呼んでくださったのは,Collage of Arts, Media and Technology, CAMTのP先生である.実際のアプリケーション開発,運用方法,DevOpsとの関係など,自分の経験に基づいたリアルな話を,同大学ソフトウェアエンジニアリングコースの2年生40名程度に対して,2時間,話してきた.

チェンマイを訪問したのは17日から19日までの3日間である.宿と航空券はP先生が手配してくださったのだが,これがなかなか素敵な航空券で,17日の早朝の便でバンコクからチェンマイに飛び,19日のとても遅い便でチェンマイからバンコクに戻るという,もう,チェンマイを,3日間のあいだ存分に楽しんでくれい!と言わんばかりのチケットだった.

実際に講義を行ったのは18日の午前中,10時から12時までの2時間である.それ以外にも時間の許す限りいろいろと案内してくださって,P先生には頭が上がらない.

諸事情があって16日の深夜にバンコクに到着する便で東京から戻ったため,その日の夜は,スワンナプーム空港のなかにあるホテルに宿泊した.ということで,日本からの荷物を引きずったまま,チェンマイに向かうことになった.

チェンマイを訪れたのはこれで3度めである.高校の恩師が,いまリタイアしてチェンマイに住んでいて,今回の訪問を含め,毎回,訪れている.前回は,2年前にCMUで学会があったときに,最終日の夜に先生のご自宅を訪問した.

前回訪問したときに,しばらくバンコクに滞在することになりそうですという話をしていた.その際,「おう,クルンテープに住むのか」と先生が仰っていたことがとても印象に残っている.そのときすでにこちらに移住して10年ほど経っていたはずであり,すっかりタイの人になってしまったなあと思ったものだ.

ところで,今回の訪問ではチェンマイ大学の大きさに驚いた.以前,学会が開催されたキャンパスは,ダウンタウンにほど近いエリアにあるものであり,まあ,「普通の大学」サイズであった.中大iTLのような都市型キャンパスに勤務しているものからすれば,十分に大きいと感じたが,それは錯覚だった.

今回,チェンマイ空港に降り立った私をCMUのバンが拾ってくれたので,集合場所に迷わず来られたのだが,車が構内に至るなり驚いた.以前,来たことのあるキャンパスを通り過ぎ,郊外のキャンパスにやってくると,もう,圧倒的にスケールが違う.

そもそもどこからどこまでがCMUのキャンパスなのか,よくわからない.キャンパス自体が一つの街のようになっている.調べてみると14平方キロメートルあるらしい.といってもピンとこない.東京ドーム300個ぶんと言われても,どんなもんだ?ざっと計算して一辺が4キロメートル弱の正方形くらいといえば,その大きさが想像できるだろうか.

KMITLもたいがい広いが,以前,端から端まで歩かされたときには20分くらいだった.CMUの端から端まで歩こうとすると,1時間はかかるだろう.それほど広い.

また,学生たちは真面目な学生とそうでもない学生の両極端に分かれていたのが印象的だった.写真は授業が終わった後,皆で撮った記念写真である.前から詰めて座っているグループと,後ろに座っているグループの二つに分かれていることにお気付きだろうか.

授業開始前,講義の準備をしていたら,ぞろぞろと教室に学生たちが入ってきて,前から順番に詰めて座っていったので,たいへん驚いた.実に積極的,前向きでよい.こちらも,しっかり話をしてあげようという気になる.CMUの学生は真面目だなあと感心していたが,授業開始直前になって入ってきたグループは後ろのほうから詰めていったので,必ずしも全員が前向きに臨んでいるわけではないことに気付き,そんなもんかと微笑ましく感じた.

記念写真では「C」のマークを皆が作っている.中央大学の関係者がよくやるやつなので,なんで知っているんだ!とびっくりした.P先生に聞いてみるとこれはCAMTのCということらしかった.ていうかCAMTって「Collage of ……」の略だから,Cで代表させていいの?と思っちゃったが,まあ,マイペンライ.

2026年2月22日日曜日

続・学生引率はいろいろたいへん(お気楽クルンテープ通信 No. 40)

学生引率がたいへんだという話の続きである.

バンコクに学生たちが到着して翌日5日は学会の準備とバンコク白門会の皆さんとの交流,6日はナコンパトムのシルパコン大学附属高校やバンコク市内にあるワツーチワララン高校を訪問し教育に関するディスカッションや授業見学をするというワークショップに参加,7日は我々が主催するSPICE 2026という国際会議に出席,8日は日曜日なので少し遠出をしてちょっとしたエクスカーションをし,9日はKMITLの学生との交流,その晩の便で帰国というスケジュールであった.

SPICE 2026では院生の一人が発表もした.学部学生の何人かも,中大から参加している先生の発表のなかで,交流授業に参加した感想を報告していたはずである.私は隣の部屋で座長をやっていたので,様子を確認できなかったのが残念だ.

十数名の学生を引率していると,いろいろ大変なことが発生する.まず,乗り換えに時間がかかる.ちゃっちゃと歩け!と叱り飛ばしたいところをグッと我慢して,前の人にちゃんとついて行けよと指導しなければならない.かと思うと,ボーッとしていて知らない人についていってしまう奴が現れる.おいおい,どこに行くんだお前は!みたいに引っ張り戻さないといけない.

毎回,チェックポイントでは人数を必ず確認しなければならない.なかには「おい,人数足りないぞ」という状況が発生すると,「〇〇くんは,いまトイレ行ってまーす」などと呑気な返事が戻ってくる.ただでさえ出発が遅れて,もう,この時間だと集合時刻に間に合わないんだぞ?朝起きたら部屋で用をきちんと足しておけよと,文句の一つも言いたくなる.

幸いにして4年生にしっかり者が何人かいるので,「先生,皆連れて先に行っていてください.僕ら一つ後の電車で追いかけますから」などと,自律的に面倒をみてくれて助かった.それにしても,もう少し緊張感を持ってほしいものだが.

今回は大人数ということでバスをチャーターしてもらうなど移動にはかなり工夫を要した.ただし,どうしてもタクシーで移動という状況が発生し得る.いまはgrabというサービスが普及したのでだいぶ楽になったものの,十数名の移動となると4台は必要になるため,移動それ自体も難しい.

学生はのんびりしたもので,grabがあれば大丈夫ですよとITを過信しているが,一人旅とは勝手が違う.大人数がタクシーで移動する際の難しさを知らないものだから,簡単に移動できると考えて,失敗する.1台がとんでもないところに行ってしまったり,あるいは,大幅に遅れてしまったり.いろいろあるのだよ?

体調を崩す学生も現れる.今回,早々に,夜中に羽目を外しすぎたのかそのまま体調を崩して予定を欠席した学生が一人,さらにはインフルエンザに罹患して,帰れるかどうか大丈夫?とまで心配させた学生が一人いた.

自業自得の彼はさておき,インフルエンザの彼はけっこうたいへんだった.熱がありますと途中から予定を全てキャンセルし,部屋で安静にしていたが,予定の便で帰れるかどうかというところまでこじれた.最終的には,やはりしっかり者の4年生が「病院に連れていきます」と動いてくれて,検査したところインフルエンザであることが発覚,医者の判断で,予定の便で戻ってよいということになった.

そういえば,インドネシア,ジョグジャカルタで開催された前回のSPICE 2025に学生を参加させたときも,初日に骨折した学生がいた.そのときは,学会の前日,準備にあてていた日だったので,私が病院に連れていった.たまたまインドネシア語を喋れる学生も参加していたので,彼がとても頼もしかった.

このようにたいへんなことは多いが,学生を海外に連れていくのには大きな意義がある.今回,最終日に行ったKMITLの学生との研究交流会がとてもよかった.日本から連れて行った学生たちと,KMITLの学生たちが,自分たちが進めている研究についてそれぞれ英語で発表し,意見交換を行った.今回,初の試みであり,どうなることかと気を揉んだが,成功裡に終えられてこんな嬉しいことはない.

学生引率はいろいろたいへん(お気楽クルンテープ通信 No. 39)

1月の下旬から今週まで,たいへん忙しい日々が続いた.卒研発表会や修論審査など,対面で参加しなければならないイベントに参加する必要があり,東京へ2往復した.さらに,2月の6日と7日はバンコクで国際会議・ワークショップを主催し,その準備や後片付けにかかりきりになっていた.2月14日の修論審査を終えて再びタイに戻ってきたが,自宅に戻ることなくその足でチェンマイへ出張し,チェンマイ大学で2時間の講義を実施した.

一連の忙しい日々をなんとか無事に終えられて,いま,ほっと一息ついているところである.来週はまた欧州に出張の予定があるため,あまりのんびりしてもいられないのだが.

ところで,2月4日に東京から戻ってきて,そこから9日の夜までは,ほぼ,学生と生活を共にした.学部学生が13名,院生が4名とぞろぞろと連れ立ってバンコクにやってきていたので,とくに学部生に関しては「学生引率」をしなければならなかったためである.

もっとも,私自身はこちらに拠点があるので,毎朝,早朝に,学生たちの宿泊しているホテルまで迎えに行き,終日,行動を共にして夜はホテルまで送り届けてそこで解散という感じの学生引率だった.夜中,学生たちがどこで遊んでいたかは知らない.どうせ同じホテルに宿泊していたとしても,私が眠っている間に彼らは遊んでいるのだから,そこまでの監督責任はない.学生だっていい大人なのだし.

ただし,初日だけは学生たちと同じホテルに1泊した.夕方に成田を発つ便で来たので,スワンナプーム空港に到着したのはかなり遅い時間になる.長い入国審査を通過すると,もう日付が変わっており,タクシーでホテルに到着した時点では25時をとうに回っていた.そこからまたタクシーを捕まえて自宅に戻ったとしても,翌朝,早くにまた学生たちを迎えにこなければならないので,もう,一切が面倒になったからだ.

学生たちは相部屋で宿泊費を安く済ませようとしていたようだったが,さすがに私は一人部屋を確保した.ところが,この部屋がなかなかのクセモノだったのである.

疲労困憊していた私は,部屋に落ち着いて荷物を整理したあとは,サクッとシャワーを浴びてすぐに就寝することにした.ベッドサイドにスイッチ盤があり,マスタースイッチでその部屋の全ての明かりをコントロールできるようになっていた.

マスタースイッチはトグル式になっていて,一度押すと明かりが消え,再度押すと明かりが点くというタイプである.そのスイッチで消灯し,明日に備えて眠ろうとした,まさにそのとき,事件は起きた.

部屋の明かりが消えてしばらくすると,どこからか,パチッ,パチッと断続的に音がする.工学部卒で電気回路も多少はかじっているので,ん?これはリレーの不具合かな?と想像するも,なんとなく不安になる.まあ,しかし,それほど気にするものでもないだろうと,そのまま寝入るほうに気持ちを集中させた.

ところがである.何回かのパチッという音のあと,そう,10分も経過したくらいだろうか.部屋の明かりが全て点灯したのだ.これは怖い.まさにポルターガイスト.

さすがに制御回路の不具合だろうと頭では理解しているつもりでいても,感情がついていかない.ラップ音に突然の点灯,怪奇現象にしか思えない.それまでウトウトしていた自分も完全に目が醒めてしまった.

ここで眠っておかないと明日キツいぞと自分に言い聞かせ,何度か眠ろうと,マスタースイッチで再び消灯するも,しばらくするとパッと明かりが点いてしまう.これは困った.

あまつさえ,もう放っておこうと,煌々と明るくしたままにしておくと,なんと,何もしていないのに明かりが全て消えた.なんなの?このコントみたいな状況は?

そんなわけでまんじりともしない状況で朝を迎え,2時間くらいはウトウトできたかなという気分でホテルをチェックアウト,いったん荷物を自宅に置きに帰り,学生たちを引率するために軽装でホテルに戻ってきた.チェックアウトするときに「部屋の明かりが壊れているみたいだから直したほうがいいよ」と一言文句を告げておいたが,それ以上,強く主張できなかった自分がもどかしい.

学生引率と題しておきながら自分の話に終始してしまった.この話,続きます.写真は3日めのワークショップの様子.学生たちが神妙な顔をして参加している雰囲気がわかるかな.

2026年2月15日日曜日

前方捕外?後方捕外?

以前,参照先?参照元?という指摘をした.エラーメッセージの日本語訳がおかしいのではないかという指摘である.今回,似たような状況を確認したので,再び,指摘したい.マイクロソフト日本法人はもう少し頑張れよ!というエールでもある.

次のスクリーンショットをみていただきたい.あるデータを折線グラフとしてプロットし,回帰直線をそこに重ねて表示させた状態である.

デフォルトでは回帰直線はデータのある範囲でしか描画されない.しかし,今後の予測をしたいので,回帰直線を捕外して,このあとどうなるかを見たいと考えた.

近似曲線にフォーカスを当てて,コンテキストメニューから書式設定を選択する.「予測」という項目があり,そこの「前方捕外」「後方捕外」という欄に数値を入れれば,近似直線が延長されるという仕組みだ.

ところで,近似曲線を右側に延ばしたいときに,どうすればよいだろうか?自然に考えて,「後方捕外」を選びたくならないだろうか?ところが,先に示した状況で後方捕外に数値をいくらいれても,近似直線が延びてくれないのである.

正解は「前方捕外」に数値を入れるということだった.え?前方?

日本語で考えれば,左側が前方,右側が後方と考えるのが自然だろう.しかし,Excelでは逆になっているのである.

元の英文表記に戻ってみると,前方捕外はForward,後方捕外はBackwardとなっている.予測(Forecast)なので,右側の,今後の予測に関する捕外がforwardで,過去に関する捕外がbackwardなのは自然である.しかし,日本語に訳した時点で,それは少し不自然となる.

もう少しきちんと考えろよぅ.担当者なんとかしろよぅ,という話.お願いしますよ.

2026年2月11日水曜日

タイの選挙事情(お気楽クルンテープ通信 No. 38)

先週末,日本でも衆議院議員選挙が行われていたが,たまたま同じ日に,タイでも下院議員の選挙が行われた.私は外国人であるから選挙権は当然ない.そもそもタイの政治自体がよくわからないので,完全に傍観者として状況を伺っていたのみである.しかしながら,いろいろと日本と違って面白い風景も垣間見られたので,その様子をレポートしよう.

まず,選挙が近づくと,街角のあちこちに選挙ポスター,立て看が出現する.日本のように選挙ポスターの掲示場所が決められていて,そこに並べて貼るというスタイルではない.ルールがどうなっているか知らないが,大通りの道端にニョキニョキと立て看が並ぶ.交通量の多いバイパス沿いは,これでもか!というくらいの立て看で埋め尽くされていた(写真).

選挙ポスター自体は,にこやかに間抜け顔で微笑みかける候補者と,数字が大きく書いてある.あの数字はいったい何だろう.そして,ポスターの胡散臭さは国境を超えて共通するようだ.たまに目鼻に画鋲が刺さっているものも見た.選挙ポスターにいたずらするやつはどこにでも居る.気持ちは分からないでもないが,ダメだよ.

ところで,面白かったのは,投票所である.日本だと,小学校や公民館が投票所になることが多いだろう.基本,屋内だよね?ところがここタイでは,道端に投票所が出現したりするのである.

2月8日,選挙当日は日曜日で,その日,我々は日本から海外研修に来ていた学生たちと一緒に,バスで郊外に遠足に出かける予定になっていた.車窓からぼーっと外を見ていたら,市内のあちこちでテントが建てられている.テントといってもキャンプ用のそれではなくて,運動会などでよく使われるアレである.

バスガイドに聞いてみると,それがまさに投票所だというのだ.郊外に出ると,駐車場のようなところに投票所が設置されているところもあった.郊外だと皆,車で投票所までやってきて投票するのだろう.

この写真は,カンチャナブリーのクワイ川鉄橋駅の近く,というかクワイ川鉄橋の袂に設置されていた投票所である.オープンエアな投票所.いかにもタイらしい.マイペンライ.

また,タイではときどき完全禁酒期間が設けられることがある.今回も,「選挙前だから」という理由で,前日7日の18時から選挙当日の18時まで,アルコール販売とレストランでのアルコールの提供が完全に禁止されていた.なので,前日の夜には日本から来ていた学生たちとムーガタを食べに行ったのだが,ソフトドリンクのみで楽しむしかなかった.

隣のテーブルにはビール瓶が出ていたので,「出てるじゃん」と店員にツッコんだら,「あれは18時前に注文したもの」だって.ちくしょう,もっと早くに来ればよかった.

まあ,選挙当日のお昼,タム・クラセー駅近くのレストランで昼食をいただいたのだが,そこではビールを売っていたようだった.飲まなかったけど.ど田舎だから?観光地だからかも.観光客に選挙は関係ないもんね.

2026年2月10日火曜日

2025年度タイ研修

2026年2月4日から10日にかけて,iTLゼミ生13名と院生4名(松崎研の院生1名を含む),総勢17名がタイで研修を行った.研修は次のようなスケジュールで行われた.

  • 4日,夕方のNQ001便で成田からスワンナプーム空港に移動
  • 5日,SPICE国際会議の会場となるタマサート大学に行き,会議の準備,夜はバンコク白門会の皆さまと交流
  • 6日,I-WITワークショップに参加,ナコンパトムのDSU高校,バンコク市内のワツーチワララン高校の授業を見学,グループディスカッション等の活動に参加
  • 7日,SPICE国際会議に参加,一部の学生,院生は研究発表とSMILE活動報告を実施
  • 8日,郊外学習.カンチャナブリーを訪れて歴史遺産と自然遺産を見学・体験
  • 9日,KMITLの学生との研究発表会に参加,それぞれの研究活動を発表し意見交換を実施
  • 10日,9日夜発のNQ002便(深夜便)で帰国,解散

SPICE国際会議では,院生が次のテーマで研究の成果を発表した.

  • Zhong, Y., and Iio, J. Quantifying Quality of Group Online Communication Based on Facial Expression Analysis, The 6th International Conference on SMILE Project and Intercultural Communication Education (SPICE2026), Bangkok, Thailand

また,KMITLとのオンライン交流に参加した学生は,次の発表のなかで,それぞれ参加した感想や得たものなどについて報告した.

  • Saito, Y., Iio, J., and Miyamoto, Y., Chuo University (Japan) & King Mongkut’s Institute of Technology Ladkrabang (Thailand), The 6th International Conference on SMILE Project and Intercultural Communication Education (SPICE2026), Bangkok, Thailand

最終日に行われたKMITLとの研究発表会では,以下の研究発表が行われた.KMITLの学生による研究発表も,どれも興味深く,日本から参加した学生にもとてもよい刺激になったことだろう.

  • Yu, NAGAHAMA, Design and Construction of a Camera-based Customer Data Utilization System for Restaurants and an Examination of its Social Acceptability
  • Keisuke, WATANABE, Academia Chain: A Blockchain-Based Repository and Laboratory Communication Platform for Academic Institutions
  • Airi, MIKAMI, et al., Enhancing Speaking Willingness in Intercultural Online Exchange
  • Shogo, KASAHARA, et al., Behavioral Information Analysis of Commuting Stress
  • Koichi, SATOH, et al., Quantification of Senses in Virtual Reality Spaces
  • Haruna, MATSUMOTO, et al., An Analysis of Viewer Selection Based on Linguistic Differences Using YouTube Viewing Data
  • Kai, YAMAJI, et al., Optimizing Floor-to-Floor Movement in a Vertical University Campus
  • Masyu, IIJIMA, Proposal of a Serious Game using Twine to Improve Smartphone Addiction
  • Yoshiki HOSODA, Single Sign-On System with Local Personal Information Store

中央に陣取った飯尾の右隣り,向かって左横に並んでいる二人の女性が,左からGeo先生とFon先生,残りはKMITLとChuo-iTLの学生たち.

2026年2月1日日曜日

キャンパスライフ in KMITL(お気楽クルンテープ通信 No. 37)

KMITLのキャンパスはとにかく広い.暇をみてあちこち散歩してみてはいるのだが,まだ全ては回れていない.キャンパスのなかを循環するミニバスにもまだ乗っていない.そのうち,乗ってみよう.

先日,工学部の入り口から研究室のある12号館まで歩いていたら,学生たちが楽しげに何やらゲームをしている光景に出くわした(写真).

何のゲームをして遊んでいるか,お分かりだろうか.

これは,ペタンクというゲームである.置かれたマーカーに向かって鉄球を投げるゲームである.たぶん,マーカーに近いと点数が高くなるんだろう.カーリングみたいなもの,なんじゃないかな.私が知っているペタンクに関する知識はその程度しかない.

けっこうな人数の学生が集まって,楽しげに鉄球を投げていた.しばらく眺めていたら,どうも,2グループがそれぞれ並んで遊んでいるらしいことがわかった.

私はとくだん急いでいたわけでもないが,学生たちに混ぜてもらう勇気もなく,その場をそっと立ち去った.学生たちが楽しげにゲームに興じていたのが印象的だった.

ところで,写真の中央にいる彼の背中に,「秋田高専」と日本語が書かれているのにお気付きだろうか.KMITLは,日本の大学だけでなく,高専とも太いパイプを持っているのである.

そもそも,キャンパスのなかにKOSEN-KMITLという組織があり,専用の建物がある.私がKMITLに来てしばらくしたときに,日本からKOSEN-KMITLを訪ねてきた方がおり,私も挨拶がてら,KOSEN-KMITLにお邪魔した.

ところが,KOSEN-KMTILはキャンパスの一番東の端にある.一方,私のいる12号館は西の端である.研究室からKOSEN-KMITLまで歩いたら,20分くらいかかった.日中だったので汗だくになったのも今となってはよい想い出だ.それほど,KMITLのキャンパスは広く,未知の場所もまだ多く残されている.

2026年1月27日火曜日

ふたりのチャッピー(クルンテープ通信・番外編)

今週からしばらく,いろいろと忙しい行事が続く.27日にはHCD-Netの理事会と新年会があり,週末には大学院入試の面接官,さらに,来週は,4年生の卒研発表会,iDSゼミの成果報告会と,イベントが目白押しだ.先月に一時帰国したときはほとんど東京にいなかったので,夜は久しぶりに会う人たちとの飲み会,いや,ミーティングの予定がびっしり入っている.

さらに,それらがひと段落した後すぐに今度はバンコクで国際会議とワークショップの開催予定があり,そこには20人近い数の学生を引率して連れて行くという任務もある.

というわけで,本来は昨日,26日の昼便で東京に戻って,一つ一つ,用事を片付けていく予定だった.しかし,ビザ延長のドタバタで同日の深夜便に変更せざるを得なかった.26日の夜に出て,27日の朝に日本に着く便だ.ドタバタの理由と様子は既に報じたとおりである.

航空券はいつものJAL便である.そして,チケットの変更はネットにアクセスして自分で行った.いつものことなので,慣れているはずだった.しかし,迂闊だった.油断した.

バンコクから東京に直行する深夜便(JL34)が取れればよかったのだが,なぜか,その便に変更するにはなんだか高い差額を支払わねばならないという状況になっており,予算内でリーズナブルに変更することを考慮すると関空経由成田行き(国内部分はJetstar便,GK便のコードシェア)という,いささか奇妙な便を選ばざるを得ない状況だったのが,今回のトラブルの原因である.

なんとまあ,その関空発成田行きの便が,28日の朝に関空を発つ,つまり明日の朝便だったのである.ネットで変更手続きをしたときになんでそんな便が変更の選択肢に出てきたのかはわからない.しかし,ビザ延長の件で頭がいっぱいになっていたせいもあり,ああ,関空で乗り換えて,乗り継ぎの便は成田に着くのか,くらいしか頭になかった.

昨晩,スワンナプーム空港のカウンターでチェックインしたときに,荷物は関空でピックアップしないといけないのか?などというやりとりがあった.これは,よくあるやり取りなので,いつものことである.ところが,そこで,「乗り継ぎ便は次の日だから,大阪で一泊してね」と告げられたのだ.

てっきり,深夜便で関空に飛び,そのまま成田へと乗り継ぎできるものと思い込んでいたのだが,日にちがズレていたことに,昨晩,バンコクでチェックインした時点で,気付いたのである.ちゃんと確認しておけよ……という話なのだが,まさか乗り継ぎ便にそんな落とし穴があったとは,迂闊だった.

安めのチケットとはいえ,変更できるチケットだったし,実際に一度,変更している.e-Extensionの面接予約じゃあるまいし,変更は一度だけなんて聞いたことはない.スワンナプームのカウンターで「いやいやこちらのミステイクなのはわかっているが,変更可能なチケットのはずだから,変更してよ」と迫ったものの,「関空から成田の便はGK便だからどうしようもない,とりあえず関空まで行ってGKのカウンターで相談しろ」の一点張りで,とりつくしまもない.仕方がないから,とりあえずJL728便に乗って関空まで戻ることにした.

チェックイン,保安検査,出国審査を済ませ,サクララウンジで遅い夕食を摂りつつ搭乗を待つ間,「このチケットって変更できるのかな?」とチャッピーに相談してみた.便宜上,このチャッピーを「チャッピーA」と呼ぶことにする.

すると,チャッピーAは「GKのカウンターに行っても何の意味がないからJLのカウンターに行け」と,頼もしいアドバイスを伝授してくれた.なぜGKに行っても仕方がないか,GKに交渉してもどうにもならないのはなぜかなどを懇切丁寧に教えてくれて,しかも,とるべき行動まで逐一説明してくれる.ありがたい.


最後はこうだ.「ここまで来たら,JALは放り出せません」ときたもんだ.実に頼もしい.

しかし!しかしである.ここで満足しないのが情報学研究者のいやらしいところ.そこで満足して「ああ安心だ……」にはならない.決してならない.

最近のチャッピーは,どうもユーザーに阿る表現を多用しているような印象を受ける.ユーザーに忖度するような味付けがなされているのではなかろうか?と,常々,疑わしく感じているのだが,皆さんはどうだろう.そんなことない?

というわけで,本件に関するセカンドオピニオンを求めた.Gemini?Copilot?いや,別のブラウザを立ち上げて,別のアカウントでログインしたもう一人のチャッピーを召喚した.こちらを「チャッピーB」と呼ぼう.

チャッピーBとやりとりしていたら,チケットの種別を示せと言ってきた.そこで,予約画面の切り取りをアップロードしてみる.するとどうだろう,チャッピーBは「(当日便への変更は)無理なんじゃね?」と告げてきた.なんたる二重人格,ダブルスタンダード.

いつものように,なぜ無理そうなのかについてもくどくどしく説明している.要らんて,そういう気分が暗くなる情報は.こう考えるとユーザー忖度型の回答も,悪くないのかな.

さて,本件,結末はどうなったか.バンコクからの深夜便は27日の朝8時に関空に着いて,いま,27日の午後3時.関空から東京,羽田に向かうJL224便の機内でこれを書いている.チャッピーAの御神託どおり,関空に着いて入国したら,一目散に「JALのカウンター」に向かった.

国内線のカウンターに行ったら「これは国際線発券の国内線部分の問題だから国際線に行け」,国際線カウンターに行ったら「発券窓口に行け」とたらい回し攻撃は受けたものの,結論を言えば,27日の便に変更してもらえた.数千円規模の変更手数料を支払う必要があったけれど,マイペンライ.

この勝負,チャッピーAの勝ち!

チャッピーBに「変更できたで?」と伝えたら,「これはレアケース」と負け惜しみを吐かしよった.AIがどんどん人間臭くなっていくなあ.

2026年1月26日月曜日

イミグレーションに行ってきた・三度目(お気楽クルンテープ通信 No. 36)

今日もイミグレーションに行ってきた.仏の顔も三度,さすがにもう慣れたものというか,そろそろ勘弁してほしいという状況ではある.今日は何をしに行ったのかというと,ビザの延長のために出向いたのだ.

ビザの延長は,有効期限が切れる30日前から申請できるとされている.ただしバンコクに限り45日前から可能とのこと.11月末に観光ビザからノンイミグラントビザに切り替えていた自分のビザは,変更が認められた日から90日後の2月23日まで有効だったので,1月の10日に申請可能な状況となっていた.

これまでのイミグレーションでの手続き状況で,対面でのやりとりは予断を許さないことは十分に身に染みている.なので,今回は事前にe-Extensionの手続きをやっていた.e-Extensionとは,オンラインでビザ延長の手続きを申請する仕組みである.

タイに来る前に東京でe-Visaを取っていて,だいたいあんなものだろうなと予想はしていて,全くそのとおりだったので,やはりそうなんだと納得.つまり,最初のウェブのインタフェースは最低限で,追加の資料を,あれを出せ,これを出せと電子メールのやりとりで何往復かしないといけないという手続きである.ただし,最後に実際にイミグレーションに行き,対面のやりとりがあるという点が,e-Visaの取得とは異なる.

今回は,ウェブのインタフェースからのアップロードで提出した資料に加えて,大学からのタイ語で書かれた説明の資料,客員研究員としてのインビテーションレター,パスポートの,プロフィールのページ,ビザのスタンプが押されているページ,直近の入国スタンプが押されているページ,それぞれのコピー,さらに,外国人の居住地を証明するTM. 30という書類が要求された.

なお,タイ語の説明資料を出してくれと大学に頼んだら「10日かかる」と言われて面食らった.できるだけ早くしてくれとせっついたら若干スピードを上げてくれたようだったが,それでもまるまる1週間かかった.さらには工学部の国際センターに書類が届くはずだったにも関わらず「届いていないから本部棟の国際課(OIA)に取りに行ってくれ」と,受け取りに行かされたが,まあ,それはしょうがない.

今回はe-Extensionなので,前述したとおりに基本は電子的なやりとり,メールの往復で意思疎通が図られる.意外とレスポンスは早く,ターンアラウンドタイムはだいたい1日である.今回,必要書類がきっちり判明した後にそれを揃えられたのが先週の木曜日の午後3時頃,それをもって急いでメールを送り,面談が認められたのが先週の金曜日だった.

お役所なので土日はイミグレーションも休みになる.イミグレーションでの面談を今日の朝と予約していたので,今回もまた,ギリギリのタイミングだった.本当に綱渡りである.

なお,本来は先週のうちに面談してビザの延長手続きを済ませ,今日の昼便で東京に戻るつもりだった.大学とのやりとりでどうにも間に合いそうにないことがわかり,飛行機を今日の深夜便に変更したうえで,面談をリスケジュールした.

e-Extensionのシステムでは最低限の必要書類をアップロードすると,面談予約ができるようになっている.面談予約をリスケジュールできるようになっているのも気が効いている.しかし,面談予約の変更は,どうも1回しか認められないようだ.今日の面談も怪しいと踏んで,もう少し後ろにずらそうとしたら,できなかった.まさに背水の陣.

そんなやりとりがあり,今日はいざイミグレーションへ,ということになったのだが,面談自体はあっけないほど簡単だった.

まず,混雑している2Fのカウンター,あるいは,行ったことはないけれどやはり混んでいる3Fのカウンターのどちらとも違う場所に,e-Extensionの部屋がある.メールでは「3Fに行け」と書いてあったので,3Fの,人がたくさん居るカウンターに行ったら「ここじゃない,出て右」と告げられ,それに従って発見したe-Extensionの部屋は,閑散としていた.

受付で手続きを済ませると,すぐにブースに呼ばれた.書類のチェックとウェブカメラでの顔写真の撮影など本人確認が済むと,それで終わりである.パスポートにビザ延長を示すシールをぺたんと貼られておしまい.ものの5分で終わってしまった.拍子抜け.これもDXなんだろうか.

なお,客員研究員の身分が続く5月31日までの延長を申請していたのだが,なぜか認められたのは5月30日まで.その1日の差は,いったい何?まあ,1日早く帰国するくらいは何の問題もないけれど.

いずれにしても,いつものようにもっと待たされるのかと思いきや,あっけなく終わったのはありがたい.ビザが更新されたので,再度,リエントリーの申請をしなければならなかったが,こちらも思ったほどは待たされずに手続きが終わった.

少し早めのお昼を食べてから帰ろうと,1Fのフードコートでクィッティアオ(タイ風ラーメン)を頂いた(写真).懲りもせず唐辛子をマシマシにして,辛ウマで美味しかったよ.

2026年1月25日日曜日

パーク・クローン花市場(お気楽クルンテープ通信 No. 35)

知人からバンコクの観光情報を尋ねられて,それならブログにまとめているからとお気楽クルンテープ通信を紹介した.しかし,ここでは,私がバンコクで悪戦苦闘している生活の様子を詳らかにレポートしているものの,読み返してみたら,バンコク市内の観光に参考になる情報はほとんど書かれていなかった.こちらに遊びにきているわけではないので,当然といえば当然なんだが,少しは息抜きをしてもいいだろう.

今日は日曜日なので,もう完全に仕事のことは忘れて,いろいろ回ってみることにしようと考えた.遅まきながら先週あたりからやっと生活が安定してきて,日曜日はほぼ完全にオフにすることに決めている.そのほうが精神衛生上よろしい.

さて,では市内観光にでも出かけようか.

とはいえ,王宮の近辺にある有名な三大寺院(ワット・ポー(涅槃寺),ワット・プラケオ(エメラルド寺院),ワットアルン(暁の寺))は,これまで何度も訪れている.ワット・ポーにあるとても大きな涅槃像は何度みても飽きないが,今日はもっと違うところを訪ねてみたい.

地図を眺めていたら,地下鉄サナムチャイ駅を中心にして三大ワットの反対側に,パーク・クローン花市場という花卉青物市場があることに気づいた.しかも24時間でやっているという.花市場なんてメルヘンちっくで素敵じゃないの.天気もいいし,冷やかしに行ってみようと思い立つ.

サナムチャイまで電車で行き,そこからテクテクと歩いていく.しばらく行くと,市場の入り口らしき場所に行き着いた.入っていくと,なんとなく地方のアーケード街のような雰囲気の場所に至る.カフェあり,物販店あり.カオ・ゲーンの屋台に並ぶおかずはどれも美味しそう.ところが,中心部は少しうら寂れていて,これが花市場?と訝しく感じた.

もっとも,これは私の早合点.入っていった場所をGoogleマップで調べてみたら,パーク・クロン・タラート - オールドマーケットと出てきた.どうも,旧市場ということらしい.

自慢じゃないが,このあたりの嗅覚は昔から優れている.なんとなく違うなと思いきや,もっと賑やかそうな場所を目指して彷徨う.そのとき,道を挟んで向こう側にもっと活気のあるエリアがありそうだと,第六感が私を導いた.

ビンゴ!車道の反対側に,もっと大きな市場があった.こちらが,パーク・クローン花市場だったのだ.入っていくと,青果売り場が並んでいる.いろいろな野菜が所狭しと並べられていて,思わず息を呑む.

唐辛子屋があるのはいかにもタイのマーケットである.真っ赤な唐辛子,緑の唐辛子,大きめのやつ,そして小さい緑の凶悪なやつなど,いろいろ並んでいて楽しい.座り込んで,一心不乱に唐辛子を摘んでいるお姉さんがいた.手がピリピリしないのかな.まあ,もう慣れているのだろう.なにしろそれが彼女の仕事だものね.

青果売り場を抜けると,中心が花市場である.しかし,想像していた花市場とちょっと違った.全体的に,ほぼオレンジ色なのである(写真).

これは,仏花だね.仏像に供える花である.日本では菊の花を供えるのが一般的だが,こちらタイではマリーゴールドをお供えするのである.かくして,市場全体がなんとなくオレンジ色に染まっていたのだった.

もちろん,仏花ばかりではなく,観賞用の色とりどりな花を売っている花屋がないこともないが,そのような花屋は市場のなかというよりは外の道路に面した店が中心のようで,市場としてはメインの商品が仏花なのかなという印象を受けた.

いずれにしても,やはり日本ではみられない光景でもあり,三大ワットを訪問したついでに時間があれば,訪れてみる価値はあるだろう.

2026年1月24日土曜日

ガパオライスの玉子(お気楽クルンテープ通信 No. 34)

タイの国民食,パッ・クラパオ(パッ・カオ,パッ・ガパオ),日本でいうところのガパオライスである.ミンチ肉をバジルと一緒に甘辛に炒めて,ご飯の上にかける.さらに,その上に目玉焼きをドーンと載せる.私の好きなタイ料理の一つで,こちらに来てからというもの何度も食べている.パッは炒める,クラパオあるいはガパオはスイートバジルのことで,バジルと炒める点が料理の名にもなっている特徴だ.

先日,SNSでパッ・クラパオの人気チェーン店を紹介する動画が流れてきた.いかにも美味しそうなそれを紹介している.店の名はMOOM GAPAO(ムームガパオ).ムーンにあらず.タイ語では,มุมกะเพรา と書く.มุมがムームで,กะเพราがガパオ(クラパオ),後者がバジルという意味なのは先に示したとおりなので,ムームはなんだろうかと調べてみると,どうも「コーナー」という意味らしい.ガパオ・コーナーということか.

さて,そのムームガパオ,バンコク市内に何軒もあり,さほど遠くないところに2店舗あったので,そのうちの一つに行ってみた.チットロムのオフィスビル,The Mercury Ville @ Chidlomの4Fに入っている店である.

行ってみたら,なんのことはない,完全にファーストフード店だった.日本でいうところの吉野家とか松屋みたいなもんかな.気軽に食べられるのは悪くない.私は結局,この手のB級グルメが好きだし,私の身の丈に合っているのだろう.

メニューは豊富で,いくつかの種類があるなかで,さらにそれらに関してチキンだのポークだの,肉の種類を選べる.せっかくだからとラインナップのなかではお高めのSavage Gapao Premium Beef をオーダー.98バーツ,昨今のレートだと日本円にして500円くらい.高いほうでその値段なので,やはりファーストフードは財布に優しいね.

Savage Gapao はスパイシーさを売りにしているようで,辛さは hot か very hot を選べる.もちろん.ぺ・マクマーク(very very spicy)と注文した.さらに,テーブルに置いてあったプリッ・ナンプラー(prik……唐辛子のナンプラー漬け)を投入し,追いプリックも欠かさない.

が,ちょっとやりすぎた.食べ終わった頃にはもう顔から頭から,汗が滴り落ちていた.でも,とても美味しかったからヨシとする.うん,大満足.

日本で食べられるガパオライスと決定的に違うのは,目玉焼きの玉子にアヒル(duck)の玉子を使っているところである.鶏卵よりも,黄身が大きくて迫力がある.エカマイ駅近くにある Phed Mark というパッ・クラパオの有名店でも,アヒルの玉子を使っていると書いてあった.これが本場のレシピなのかな.

ムームガパオ,うちの近所の2店舗の他に,タマサート大近くのThe Maharajにも入っているので,また訪れる機会はありそうだ.今回いただいたビーフガパオの他にも,定番のポークやチキン,変わったところでは鳥唐揚げのガパオなんかもあるらしい.いろいろと食べてみたいところ.

ムームガパオのウェブサイトで店舗一覧をみていたら,ちょっと面白いことに気付いた.それはガソリンスタンドに出店する戦略をとっているところ.公共交通機関が発達してきているとはいえ,まだ,渋滞が名物のここバンコク,車社会ということだろう.

2026年1月21日水曜日

銀行三往復(お気楽クルンテープ通信 No. 33)

いま住んでいるコンドミニアムの家賃を支払わなければならない必要に迫られた.10月から12月までの3ヶ月ぶんは,いろいろ世話になっている中大スタッフのTさんにまとめてお金を渡し,代わりに支払ってもらっていた.銀行の口座もなかったので,Tさんから大家に銀行振込してもらう手筈になっていたのである.

しかし,その猶予期間も終わり,そろそろ今月の家賃の支払いをしなければならない期日が差し迫ってきた.「3ヶ月の間に銀行の口座を作って,残りの半分は自分でなんとかするよ」と豪語した手前,再びTさんに泣きつくわけにもいかない.銀行の講座は予定通りできたことだし,自分でなんとかせねば.

なに,手順は簡単である.最近の円安バーツ高に渋い顔をしながら現金の両替は済ませたので,あとは,ATMで口座に入金し,そこから指定の口座に送金するだけだ.

日本と同様,ATMは街中のいたるところにある.コンビニやスーパーマーケットにも置いてある.しかし,タイのATMではときとしてカードが吸い込まれて出てこなくなることがあるなどという恐ろしい噂を聞いていたので,万が一そうなったときに銀行の人を呼べるように,とにかく銀行の店舗に行って,そこのATMで操作してみようと考えた.

プロンポンの駅に隣接しているショッピングモールのエンポリアムに行けば,そこに銀行が何軒か入っていることは知っていたので,行ってみたところ,クルンタイ銀行がない!うーん残念.ネットで調べてみると,さらにアソーク側の,つまり,我が家からすると駅の反対側にあるエムスフィアというショッピングモールに隣接したEMタワーというオフィスビルに,クルンタイ銀行の支店があるらしい.

なぜこのようなくどくどしい説明をしているかというと,今日の話は,この位置関係が重要だからである.駅の反対側なので,歩くと15分はかかる.行って帰って30分というところ.

というわけで,てくてくと歩いてEMタワーのクルンタイ銀行支店に行ってみた.小さなオフィスだが店頭にATMもある.1台しかないので占有するのも気が引けるが,そもそもEMタワーの奥まったところにあるので人影はまばら,あまり気にしなくてよさそうである.

ATMの操作はもうすでに経験済みなので,問題ないだろうとタカを括っていたのが間違いのもとだった.興味深いことに,ATMは多言語対応していて,日本語も選べるようになっている.しかし,日本語を選ぶと入金メニューは選択できない.リソースが足りていないのだろうか?どうしてこうなった?

仕方がないから他の言語を選ぶ.といってもタイ語の読解はまだおぼつかないので,選択肢は英語しかない.幸にして,全てのメニューが英語に対応していた.「deposit」のメニューを選ぶ.

本人認証に関して,比較的少額の決済であれば,スマホを使い,送られてきたワンタイムパスワード(OTP)で認証するという手段も選べるというのは,日本と違うところで興味深い.それに対応できるようにとタイのSIMに入れ替えてきてはみたものの,イマイチ心許ないので,デビットカードでの認証を選択,パスワードを入れて,認証が成功と思いきや,次の画面に驚いた.

なんと,「入金先の口座番号を入力せよ」ときたもんだ.ええっ?カードと番号が紐付けされてないの?ちょっとびっくり.そして口座番号なんて覚えてないよ.

どうにもしようがない.1回目のアウトである.自宅に戻るしかない.いったん戻り,通帳を持って,出直した.このとき,ちらっと「パスポート?」と浮かんではきたものの,まあいいかと,そのまま出てしまった.これが仇となった.

2回目の挑戦は,多少のトラブルはあったものの,うまくいった.口座番号入力したら,それは間違ってるなどと出てきて若干焦ったが,通帳入れたらOKだった.再び番号を要求されたときには同じ番号を入れたはずで,大丈夫かなと不安になるも問題なく手続きできた.これもどうしたことやら.まあ,結果オーライ.

ともあれ,必要な金額を預け入れることには成功した.次は,ネットバンキングで送金か,というところで,ふと,思い浮かんでしまったのである.銀行の支店,店頭にいるんだから,カウンターで送金してもらえばいいじゃん?つい,魔が刺した.

店内に入り,整理番号をもらう.英語が話せるお姉さんが対応してくれた.「パスポート出してください」と.

はい.ツーアウト.パスポート持ってくればよかった…….再度,30分かけて,自宅へと往復した.パスポートを取りに戻る.

最終的に,なんとか手続きできて,無事に今月の家賃を振り込めた.これでひと安心ではあるが,水道代などまだ別の支払いも残っているし,早いうちにネットバンキングのやり方を確認してできるようになっておかねば.銀行のお姉さん,アプリがどうこう言っていたな.まだ道は険しいのかもしれない.

写真はクルンタイ銀行の預金通帳.大きさと判型はパスポートとほぼ等しい.タイの神話に登場する架空の鳥,ワユパック(Vayupaksa)がクルンタイ銀行のシンボルとされている.

2026年1月18日日曜日

映画を観てきた(お気楽クルンテープ通信 No. 32)

昨年暮れに封切られた映画Zootopia 2の評判がすこぶるよいらしい.我が家の家族も,もう,何度も観たと,日本から報告があった.これは観ねばならぬなあと,ずっと思っていたのだが,なかなか忙しくて映画館に足を運ぶ余裕がなかった.

2026年が明けてからというもの,論文書きに時間を取られて気分がだいぶ鬱々としていた.昨日,やっと,論文書きや著書の校正作業をひと段落つけることができたので,今日はもう完全にオフの日にすることとして,懸案のZootopia 2を観に行くことにした.

調べてみるとサイアムのCentralWorldにある映画館で,Zootopia 2がまだ掛かっているらしい.英語音声でタイ語の字幕版である.さすがにまだタイ語のヒアリングは全くもって心許ないので,英語版は好都合だ.15:30の回があったので,それを目指して出かけることにした.

チケットの購入は至極簡単で,今どきなのでタッチパネルの自動券売機で購入できる(写真).座席指定も可能.スタンダード席が300バーツでプレミアム席が330バーツ.せっかくなのでプレミアム席の一番前を購入した.あとで見てみたところ,やはりプレミアム席から埋まっていくような感じだった.

スタンダード席は座っていないのでどういう感じかわからないが,プレミアム席はリクライニングがあって,座り心地もなかなかよい.たかだか30バーツの違いなので,プレミアム席がオススメである.

ところで,席の指定をしようとしたら「2席,隣に空席を空けなさい」と指示が出たのでわりと端っこのほうを取らざるを得なかったのだが,実際に座ってみると,けっこう周囲は空席が目立っていたにも関わらず隣に客がいたのは,いったいどういうわけだろう?まあ,マイペンライ.

指定時刻の15:30に映画館に入った.映画館は巨大なショッピングモールCentralWorldの7〜9階にあり,入り口には電車の改札口のようなゲートがある.モギリの職員にチケットを渡して,いざ,指定の4番スクリーンへ.

ネットで調べていたら,タイの映画は始まるまでけっこう時間がかかるよ,との情報があった.時間通りに映画は始まったのだが,事前に得ていた情報どおり,広告が長い.20分,ずっと広告が流れていた.それも,映画の予告編に混じって車の広告が入るなど,かなりカオス.さらにはシリキット王妃を追悼するフィルムさえ流れて,もう,何が何やら.これぞタイ・イズムという印象を受ける.

上級者は,広告の時間が長いのでわざと遅れていくらしいが,こちとらビギナーである.暗いなかで指定した座席を探すのもおぼつかないだろう.なので,広告にずっと付き合っていたが,飽きなかった.映画の予告も,それはそれで面白い.

開始時間から21分が過ぎたところで,タイ王を讃える歌が流れた.起立を促すメッセージが画面には出ていたが,誰も立ち上がる気配はない.3〜4分,流れていただろうか.画面には国王のPVと言わんばかりの画像が流れている.人気があったブミポン前王に比べて今の王様は云々かんぬんという話があるが,タイの皆さんはあの画像をどんな気持ちで観ているんだろう,などと余計な心配をしてしまった.

その動画が終わって,さあ,本編だ!と思いきや,はたまた車の広告が挟まったのは,まあ,許そう.いちいち目くじらを立てていてもしょうがない.

本編は,まあ,普通の映画だったので感想は省略.それなりに面白かった.

注意点を一つ.とにかく劇場内が冷えているので,寒さ対策は忘れずに.Tシャツ半パンで出かけた私は,最後はもうブルブル震えていた.映画が面白くて震えていたこともあろうが,とにかく冷房がキツすぎる.

2026年1月17日土曜日

セキュリティは大事だけれど(お気楽クルンテープ通信 No. 31)

最近はICTがとても発達しているので,バンコクでの単身生活もほぼ不自由ない生活ができている.生活環境もほぼ整ったし,生活の改善点を探すとすれば,食器類や調理器具がないので自炊できないのをなんとかしたい,ということくらいか.

金銭面でいえば銀行口座を開設できたので家賃やその他の支払いを銀行振込でできるようになったのも大きい.とはいえ,面倒くさがってまだ試していない.そろそろ今月の家賃を払わなければならないのでなんとかしなくては.

近年のトレンドとして世界的に流行しているキャッシュレス決済,QRコード払いの方法がタイでもメジャーになっているようで,そこかしこのレジでスマホをかざしている様子が見られる.学食でも,現金決済も受け付けてはくれるものの,学生たちはほぼ,スマホの画面を見せて支払いしているようである.

キャッシュレス決済も銀行口座を紐付ければできるはずなので,そのうち挑戦してみたいところ.なお,外国人向けに銀行口座を持たないでもキャッシュレス決済をできるようにするサービスも現れているとネットで情報が流れているのを見た.そちらもいずれ試してみたいところではある.

とまれ,細かなことはまだまだ気になるあれやこれやが残ってはいるものの,おおむね順調に暮らせているのはありがたい限り.しかし,クレジットカードの取り扱いで,少し困った状況が発生している.

普段メインで使っているクレジットカードのセキュリティが厳しすぎて,インターネットを介して高額決済しようとすると,ことごとく差し止められてしまうのである.

学会の参加費や航空券など,それなりに高額の決済をしなければならない必要に迫られることもしばしばあるのだが,それらが全て止められてしまう.サービスセンターに電話して解除してもらう方法が最も簡単なのは,何度か経験しているので知っている.けれども,こんなことで国際電話をかけるのは気が引ける.そもそも,サービスセンターのフリーダイヤルって海外から繋がらないんじゃない?

どうやらネットでも解除する方法があるようなのだが,そこも強固なセキュリティがかけられていて,やれ,ワンタイムパスワードだなんだと,障害が次から次へと現れる.そうこうしているうちにタイムアウト,にっちもさっちもいかない状況に追い込まれる.なんてこった.

VPNを張って,あたかも「日本国内からアクセスしているように見せかける」方法をとればなんとかなる.しかし,これはあくまで最後の手段.こんな方法を取らずとも,普通に使いたいのだが…….

夏に欧州に出張するためにそれなりに値のはる航空券を購入しようとしたら,案の定,最後に決済するやりとりでスタックした.「決済完了までお待ちください」の画面がいつまでたっても切り替わらない.ああ,これはたぶんカード決済が跳ねられたなと,こちらはもう慣れたもの,マイペンライだ.

いったんセッションを削除して,VPN経由でもう一度やり直したところ,当該の航空券をなんとか購入できた.購入できたのはよいのだが,完了画面に思いっきり「エラー」の文字が出ている(写真).「以下をご確認ください。エラー」って,いったいなんなのよ.どうせよと?

これ,本当に購入できているのかなあ.一抹の不安が残る.困ったものである.

2026年1月11日日曜日

マーケットは面白い(お気楽クルンテープ通信 No. 30)

今日は日曜日,年が明けてからこのかたというもの学生の卒論チェックや論文執筆などが続いて気分が鬱々としてきていたので,気晴らしにと,近所まで散策に出かけた.BTSに乗り,プロンポンから4駅,東に向かう.トンロー,エカマイ,プラカノン,次のオンヌット駅で下車した.目指すはオンヌット市場,駅から数分歩いたところ,駅に対してほぼ真北の位置にある.

国内外を問わず,市場は楽しい.人々の生活,台所に直結しており,そこでの生活が目に浮かぶ.海外に行き,現地でデパートやスーパーマーケットに行くと,生鮮食品売り場を必ず覗くようにしている.色とりどりの野菜や見たこともない魚たちが目を奪う.精肉も場所によっては思いがけない部位が売られていたりして驚く.

バルセロナを訪れたときにふらっと立ち寄った,目抜き通りからひと区画だけ奥に入ったところにあるブケリア市場がとても印象に残っている.カラフルなお菓子や生ハムやチーズなどいかにもな食材が,ああ,スペインだなあと感慨深かった.

ベトナムのハノイでは,宿泊したホテルの真横に細長い市場があった.そこで食用犬が丸焼きで売られていたときはけっこうな衝撃を受けた.もっとも,すでにこんがりと焼き上がっていたので可哀想という気持ちにはならなかった.数年前に再び彼の地を訪れたときに再訪してみたが,再開発で市場が丸ごと無くなっていて残念だった.

先日,猿の街ロッブリーに行ったときも,テーサバーン市場の周辺はたいへん楽しかった.写真はその市場周辺の露店で売られていた豚の顔.もちろん観賞用ではなく食べるためのものである.日本でも,沖縄では「チラガー(面の皮)」として普通に食べられている.写真の豚さんたちだが,どの豚も笑っているように見えてなんともいえぬ悲哀を感じる.いやまあ,それは余計なお世話か.

オンヌット市場も東南アジアでよくあるタイプのローカルマーケットで,屋根だけが設られているような施設に小さな商店がブースを構えて何列も連なっているというタイプの市場だが,規模はさほど大きくなく,比較的こぢんまりしていた.

ところで,いまふと思い出したのだが,このような作りの市場施設,昔は日本にもあった.私が子供のころ,長野市の東和田という地区に青空市場というマーケットがあった.日曜日に車に乗って家族で買い出しに行き,そこでお好み焼きを買ってもらって食べるのが子供ながらにとても楽しみだった.

もはや半世紀ほど前の昔話である.いまどうなっているかなと調べてみたら,モダンなショッピングセンターに生まれ変わっていた.昔ながらのマーケット,地方では観光客を呼び寄せて生き残っているものもある.函館の中島廉売とか,そんな感じよね.

さて,話をオンヌット市場に戻そう.市場にはなんでもある.野菜,果物,お菓子,衣類や宝飾品まで並べられていた.もっとも,そこで売られているアクセサリーは極めて安価で,貴金属はまず使われてなさそうな,チープな代物が並ぶ.

鮮魚売り場の隣に,海老を販売している店があった.商品の9割ほどが海老で,脇にイカや貝類が(お邪魔します……)とばかり遠慮がちに陳列されている.遠くから見るとどの海老もほとんど同じに見える.しかし,近くに寄ってみると頭が大きいものがあったり,太かったり細かったり,微妙に趣が異なる.どうやら種類が違うらしい.

ここタイはエビ大国,皆さんご存知のトムヤムクン然り,エビはタイ料理に欠かせない.養殖も盛んで,日本にも大量に輸出されている.魚介類のなかでもエビはとくに庶民に親しまれている食材なのだろう.

マーケットにはフードコートが付きものである.食事の時間ではなかったので今回は遠慮したが,美味しそうなメニューがたくさん並んでいた.中途半端な時間だったが食事をしている方々もちらほらみえて,今日は日曜日なので家族で買い物に来たのだろうか,家族で食事を摂っている微笑ましい光景も見受けられた.

そして,何といってもここオンヌット市場のフードコートには,ライブ演奏のおじさんがいるのだ(写真).これはなかなかよいサービス.マーケットは面白い.

2026年1月8日木曜日

時差のいたずら(お気楽クルンテープ通信 No. 29)

日本とタイとの時差は2時間,日本が2時間先に進んでおり,西にあるタイが後から追いかける形である.2時間程度の時差であれば,日常生活ではあまり気になることもない.せいぜい,オンライン会議の予定を合わせるときに「どっち時間?」と気にするくらいか,実際に日本とTV電話しているとき,多少のズレを感じるくらいだろう.

あ,月曜の午後イチから夕方までやっているオンラインゼミが,こっちの時間だと2時間早くなってしまっていて午前11時過ぎから始まり,その結果,昼休みが丸潰れになってしまっているので昼ごはんを食べられないという大問題があった.まあ,それはそれとして.

ところが,先日,(おそらく)時差の影響による日本とタイとの間のちょっとした行き違いが発生した.ことの顛末はこうだ.

学生の卒研発表や大学院入試の対応などがあり,1月末から2月頭にまた一時帰国することが決まっている.そのタイミングに合わせて,3年生が気を利かせて「新年会やりましょう」と企画し,日程調整をしようということになった.

最近の学生はLINEをよく使う.畢竟,スケジュール調整もLINEのスケジュール調整機能を使ってやりましょうとなる.一時帰国中は,私も,夜に会食の予定が立て続けに入れられており,スケジュール調整のアンケートには,1/29の夜だけ大丈夫……と,回答した.ここまでは,しばらく前の出来事.

昨夜のことである.スケジュール調整のやりとりを当該学生と交わしていたのだが,どうも話が噛み合わない.私は29日だけしか空いていないと念を押しているのに,学生は,「では30日で」などと何度も言ってくる.話の流れで「2/2は4年生の卒研発表会だから,その夜にやったらどうだ?」とアドバイスしたところ,スケジュール調整のアンケートには,2/1の候補が追加された.あれれ?どういうこと?

研究室のOB・OGにも連絡が入っているので,OBの1人が見かねたか「先生,彼(幹事の学生のこと)が混乱しているのは,先生ご自身が30日OKって回答してるからですよ」と指摘してきた.いやいやそんなことないぞ?まだ耄碌するには早すぎる.あらためて自分の回答状況を確かめてみると,たしかに29日にだけにOKというチェックが入っている.

いやそんなことはないとスクショを撮って送り返してやると,飯尾は30日に丸を付けているじゃないかと,向こうからもスクショが送り返されてきた.それを確認すると,たしかに私が30日OKと回答していることになっている.はてさて,これはいったいどういうことだろうか?

ここでスクショ画面を並べてみよう.左が私の画面,右が彼の画面である.お気付きだろうか.

日付が1日ずつ,まるっとずれている.こんなことある?

なんでこうなっているんだろうと二人で議論した結果,それは時差のせいなんじゃないかという推測に至った.それなら,VPNを張って日本からアクセスしたテイで開いてみれば,日付は一致する?ということで,やってみたがこのズレは解消しない.

ここから先は憶測だ.覚えてはいないのだが,おそらく,最初にアンケート画面を開いたタイミングが深夜で,日本で0時〜2時のあいだ,こっち時間で前日の22時〜24時だった,ということかなと推測する.それで日付が固定化されて,私がそのアンケートにアクセスすると一日ずれて表示されるようになってしまったのだろう.

複数タイムゾーンをまたがる時間の取り扱いは,実装が難しい.私も,日本と東南アジアでの使用が想定されているアプリの実装で時間まわりの取り扱にいろいろと苦労している.世界で使われているアプリの開発に一度でも関わって,とくに時間関係の処理に携わったことがあれば経験するであろう問題ではあるものの,意外と知られていない落とし穴である.

LINEの開発者も,まさかこんな不具合が起こるなんて,想定もしていなかったに違いない.

2026年1月1日木曜日

続・バンコクの年越しは楽しい(お気楽クルンテープ通信 No. 28)

サイアムのCentralWorldに入るのに難儀した話の続きである.

無事にCentralWorldで用を足したはいいが,とにかく人混みにあたってしまった.帰れなくなっても困るし,とりあえずプロンポンまで戻ろう.そう決意した私はサイアム駅を目指して歩き始めた.

チットロムとサイアムの間には,ワット・パトゥム・ワナーラームというお寺がある.そういえばタイに詳しい某先生が「お寺にも行ってみるといいよ,面白いから」と言っていたことを思い出す.

境内をのぞいてみると,夜店が出ている.それだけでワクワクする.日本では神社の境内に夜店が出るが,こちらではお寺に夜店が出るらしい.買い食いすればよかったかな.腹は減っていなかったので,自制した.

よくみると,巨大な藁苞のような場所に,お札を挟んだ箸のようなものがたくさん刺さっている.多くは20バーツ(100円相当)札だが,たまに50バーツ札や100バーツ札が混じっている.これは初めて見た.年末年始だけのお賽銭みたいなものだろうか.

いろいろ珍しいものを見た.サイアム駅は混雑していたが,どうにもならないというほどではなかった.結局,プロンポンまで戻ってきた時点で23時になっていた.

プロンポン駅の周辺では,周辺のビルの屋上あたりからのサーチライトが,これでもか!という様子で夜空を照らしていた.もはや何でもアリのご様子.シリキットさんの喪に服すという話はどこへいっちゃった?という具合である.

ところで,サイアムほどではないものの,プロンポン駅前でもイベントをやっており,かなりの人出があった.エムクォーティエ側,タイのアーティストがステージで楽曲を演奏している周囲は相当な人混みになっている.反対のエンポリアム側は,まだ余裕がある感じだった.エンポリウムの壁にかかっている大型ビジョンでの中継に皆が見入っている.

ところが,皆が大型ビジョンの中継を見ているかというとそうでもなかった.なかには反対側を向いて座り込んでいる人たちもいる.私はそれを見てピンときたね.ひょっとしてここはカウントダウンイベントの特等席なのではなかろうかと.

その直感は大当たり.24時の10分ほど前になり,気がつくと私の後ろにも人混みが迫っており,まさに黒山の人だかりという状況になっていた.プロンポンでこれだから,サイアムにいたらどんなことになっていたことか.

そうこうしているうちに,遠く,サイアムの方向から花火が上がっているのが小さく見えた.ああ,サイアムにいたらカウントダウン前から花火を楽しめたのね.まあ,ええですよ.

などと考えていたら,目の前にあるベンチャシリ公園からたくさんのドローンが飛び出してきた.おー.

ドローン部隊が飛び出してきたのをぼーっと見ていたら,そいつらが大きな数字を作って,10, 9, 8, …… とカウントダウンを始めた.向こうではビルに照らしだされたプロジェクションが,同じくカウントダウンを始めている.両者の数字がずれているのは,タイならでは.マイペンライ.

いずれにしても,カウントダウンが終わったら,こちらでもババババッと花火が上がりはじめた.ビルの屋上から打ち上げているらしい.綺麗なのはいいが,かなり喧しい.まあ,喧しいのもニューイヤーイベントらしくていいか.それはそれとして,真上でぼんぼん花火を打ち上げるものだから,灰が降ってくるのはいかがなものか.

いずれにしても,バンコクの年越しは,噂に違わず派手でエキサイティングなイベントだった.いい経験ができた.皆さんも来年の年越しはよかったらどうぞバンコクにお越しください.鬼が笑うか.

バンコクの年越しは楽しい(お気楽クルンテープ通信 No. 27)

12月なかばに金沢で学会があったので一時帰国したのだが,クリスマス前にバンコクに戻ってきた.というわけで,単身,バンコクでの年越しである.かねてより「バンコクの年越しは楽しいよ」と聞いており,年内の仕事は30日までになんとかやっつけられたので,大晦日くらいは羽根を伸ばさせてもらおうと,夜になってから街に出た.

まず,腹が減っては戦ができぬ.夕食を摂ってからのスタートである.私が住んでいるプロンポンは日本人が多く居住するエリアなせいか,私の家の裏に,日式の蕎麦屋がある.かねてより気になってはいたので,年越し蕎麦を食べるべく,訪れてみた.

「1人だけどいい?」と,初っ端から日本語でOKだったのはなんというか,拍子抜けである.大晦日の店内はそこそこ混んでおり,なんとかカウンターの端に潜り込めたという感じだった.ほとんどの客が日本人のようで,日本語がたくさん聞こえてくる.TVはテレ東の番組を流していた.どういう仕組みなんだろう.

年越し蕎麦として,天ぷら蕎麦とハイボールを注文,蕎麦はまあそこそこ,海老天が3本入っていたので満足だ.10%のサービス料込みで428バーツ.まあ,そんなもんかな.

腹もくちくなったところで,バンコクの中心部エリア,サイアムに行ってみた.BTSに乗り,サイアムの一つ手前,チットロムで降りて下を歩いてみる.中心の目抜通りは車の通行が制限されて,歩行者天国になっていた.歩行者天国なのにバイタクが走り回っていたのは,さすが微笑みの国タイランド.マイペンライで,いいなあ.

人混みのなかをそぞろ歩いていたら,蕎麦屋で飲んだハイボールが効いてきてかトイレに行きたくなった.通りの北側にCentralWorldという巨大なショッピングモールがあり,勝手知ったる施設でトイレの位置はわかっているので,そこに入ろうとしたわけだ.ところが,ここでちょっとしたピンチが訪れた.

CentralWorldの広場ではカウントダウンイベントが開催されているので,これから日付が変わるタイミングに向けて,多くの人が集まる.そのため,入り口に厳重なセキュリティが設けられていて,長蛇の列ができていたのである.

列に並んでいてトイレが我慢できず,人間の尊厳を損ねるインシデントが発生してしまった,というトラブルではない.まだ,多少の余裕は残っていた.そうではなくて,セキュリティの前にIDチェックがあり,IDカードかパスポートをカメラにかざせとの掲示が出ていたのだ.

けっこうな人混みなので掏摸が暗躍してるのではと警戒し,できるだけ身軽な格好で来ようと考えたのが裏目に出た.パスポートは家に置いてきた.さあ,どうしよう.

パスポートの写真を撮ったことがあったはず……とスマホのカメラロールを遡っていったら,パスポートの写真は見つけられなかったのだが,代わりに,日本の運転免許証の写真が出てきた.咎められたらそのときに言い訳すればいいやと腹をくくって,カメラに日本の運転免許証の写真をエイヤッとばかりにかざす.イケるのか?と,ドキドキしながら通過した.

何も言われなかった.よかった.マイペンライ.

何事も,とにかくやってみるもんだなと,改めて思った次第である.

さて,長くなったので後半に続く.写真は年越し蕎麦のつもりで食べた天ぷら蕎麦.自然にレンゲで汁を啜っていて,ん?なんか変だぞ?蕎麦ってレンゲ使ったっけ?と不審に思ったのも良い思い出,なのかもしれない.