2026年5月22日金曜日

文化的背景を度外視した非難は恥ずかしい(お気楽クルンテープ通信 No. 73)

2026年5月16日,土曜日の昼下がり,バンコク市内,ARLのマッカサン駅あるいはSRTのアソーク駅脇にある踏切で,停車中のバスに貨物列車が突っ込み,死者8名,負傷者32名を出すというたいへん痛ましい事故が発生した.

この場所はARLやSRTから地下鉄MRTに乗り換えるときによく通るので,バンコク市内でも馴染みのある場所の一つ.事故のほんの数日前も利用した.いやはやたいへんな事故が起こったものだと驚いたとともに,亡くなられた方々の冥福を祈るばかりである.

ところで,本件に関して,SNSなどで「踏切のなかで線路を跨いで停車するなんてもってのほかだろう.バスの運転手は非常識すぎる」というような,バスの運転手を責める声を多数目にしたのだが,タイの人々の気持ちによりそってみると,それはいささか見当外れという気がしてならない.バスの運転手を非難する声は,主に,外国人によるものだ.

日本もそうだし,世界の多くの国々では,踏切では,当然のように列車が優先する.自動車に比べて列車ははるかに重いので,急には止まれない.急停止できないものを優先させるのは,原則としては理にかなっている.さきのSNSでは,飛行機の滑走路になぞらえて非難しているコメントも見受けられた.ある意味で,それらは正論だし,世界常識だろう.

しかしながら,タイの事情,こちらの人々の合理的な考え方というものも考慮すべきである.そこを度外視して自分たちの文化的背景だけに立脚して非難しているコメントは,おおむね浅はかにみえる.かなり乱暴な見方かもしれないが,タイでは,こと交通事情に関して,安全性よりも利便性を優先する傾向にあるように見受けられる.バイクのノーヘルや,3人乗りなど,典型的な例だろう.

「事故にあったら死んじゃうじゃないか」という指摘はもっともだが,では,人生で事故にあう確率はいかほどか?と考えると,どうだろうか.日本のように,とにかくなんでもかんでも安全一番,安全が全てという考え方は,いわゆる「羹に懲りて膾を吹く」という状況になってはいないだろうか?安全性を最優先するあまり,いろいろなものが停滞してはいまいか?

今回の列車事故に関して,踏切のなかで線路を跨いで停止していたバスの運転手を責めるのは,実は,お門違いも甚だしい.なぜならば,この踏切の先にはすぐに大きな交差点があり,この踏切を含めて渋滞が発生しているのは日常茶飯事だったからである.さらにいえば,それを前提として,この踏切に近付く列車は,いつでも止まれるように速度を落としてゆるゆるとやってくるというのが暗黙の了解になっていたからだ.

そこにはタイ人なりの交通に関する合理性が垣間見える.ただでさえ,交通渋滞の激しいバンコク市内である.踏切の先が空いたら進入することなどという悠長なことをしていたら,交通渋滞はますますひどくなるだろう.しかも,この踏切は,上下線あわせても30分に1本,列車が通るか通らないかという程度のものであり,対して道路は幹線道路,主従が逆転するのも然りといえよう.

私も,こんな経験をしたことがある.踏切横のアソーク駅からSRTに乗ろうとして,線路の反対側から駅のホームに近付いた.道路には車が往来しているので,とうぶん列車は来ないだろうと悠長に線路を渡ろうとしたら,踏切の反対側から列車が近付いて来ていたのに気付いてギョッとした,というものだ.

そのあとどうなったか.まず,列車は踏切手前で停止した(写真).そのあと,踏切係が遮断機を閉め,その後もしばらくチョロチョロと隙間を縫って線路を渡ろうとしていたバイクたちが途絶えたところで,おもむろに列車が動き出した.

とまあ,かの踏切はこのような状況なので,今回の事故に関しては,なんで列車が止まれなかったんだろうと不思議に思ったというのが,最初に抱いた感想である.いくつかのニュースサイトでは,隣接していた道路で信号待ちをしていた車のドライブレコーダーで撮影されたと思しき,バスに列車が突っ込んでいく動画が報じられていた.それをみると,けっこうな勢いで,列車が突っ込んでいっている.

その後,警察の調査が深まり,案の定,列車の運転手になにか問題があったのではないかという報道が続いている.結果として,私にとって本件は,文化的背景の違いを考えさせられる象徴的な事例の一つとなった.

2026年5月19日火曜日

ラカバン散策(お気楽クルンテープ通信 No. 72)

日曜日の朝遅く,というよりも,もうほぼお昼になりそうだという頃合いに,少し遠くまで散歩してやろうと東に向かって歩き出した.(ラカバンの)東方見聞録である.ラカバンに引っ越してきてからまだ大学の周辺しか探検していないので,ちょっと足を延ばしてみようかと考えたのだ.

目的地は747カフェ.大学から東に3キロメートルほどの位置にある.元パイロットの方が747ジャンボジェットを買い取って設えたカフェだそうで,大学周辺のGoogleマップを航空写真モードにして眺めていたら偶然みつけた.なにしろ運河の傍に飛行機がドーンと置いてあるんだもの,目を惹かないわけがない.

いま寝泊まりしているドミトリーは大学キャンパスの西端に隣接している.向かうべきは東側なので,まずは,大学のキャンパス内を西から東に突っ切ってから,東側にあるバス道路の橋で運河を渡った.そこまでおよそ1キロメートル,15分.すでに汗だくになっている.

お昼前に出たには理由がある.橋を渡って少し行ったところにあるカオソーイ屋でお昼を食べようと考えていたからだ.ところが今日は日曜日,残念なことにカオソーイ屋は閉まっていた.残念,しょうがないので商店街を素通りし,このあたりを東西に貫いている幹線道路のラカバン通りを東へ向かった.

ラカバン通りをしばらく行くと,運河を渡る手前にウドムポーン市場というちょっとしたマーケットがある.生鮮食品や雑貨,衣料品など,いろいろと商品が並んでいて楽しいが,メインは朝市のようで,青果店など片付けに入っている店もちらほら.次はもう少し早めに来てみよう.

立ち寄ったついでに,北側にあるフワタケー・オールドマーケットも冷やかしてみることにした.ウドムポーン市場とは東西に流れている運河を挟んで反対側にある.ここはちょっとした観光地かデートスポットかになっているようで,若い二人連れがたくさんいた.なかにはKMITL生もいたのかもしれない.

オールドマーケットと名付けられているように,かなりの年季を感じさせる作りで,お世辞にも綺麗なマーケットではない.が,いろいろと工夫が施されているようで,オシャレなカフェがあったり,雑貨屋があったり,なかには昭和レトロを彷彿とさせるような駄菓子屋のような店があったり,それなりに楽しい.

ぐるっとひと回りしてみようと裏側の水路沿いの小道をあるいていたら,水路に大きなワニがいた.もう,大コーフン.体長は2メートルを超えるくらいだったろうか.堂々としたものである.やっと逢えたね……

興奮冷めやらぬままフワタケー・オールドマーケットを後にし,再び,ラカバン通りを東に向かった.カオソーイを食べ損ねたので,そろそろひもじくなってきた.

タイでは,コンビニの駐車場の脇などにちょいちょい屋台が出ていて,なんだか魅力的な食事を販売している.道端のコンビニの駐車場に出ていた屋台の一つになんとなく惹かれるものを感じ,オババがひとりで切り盛りしているその屋台で昼食をいただくことにした.

屋台に掲げられていたバナーには店名が書かれている.それをみるとก๋วยเตี๋ยวไก่ลุงชาติとあったものの,いんちきなフォントのせいでその場ですぐに読めず,というか,解読する気がおこらず,スマホのほんやくコンニャク取り出して翻訳させてみたら「国民的麺スープ」と出てきた.

国民的スープ?あとで帰ってからもう少しマシなツールを使ってみてみたところ,ก๋วยเตี๋ยว(クィッティオ)ไก่(ガイ)ลุงชาติ(ルングチャート)と読めた.クィッティオ・ガイは,チキンヌードルだがルングチャートがわからない.どうもチャートおじさんということらしい.

ところで店の名前は「チャートおじさんの店」なのに,オババしかいない.客もゼロ.だいじょうぶかな.まあ,ものは試しだとばかり,突撃してみた.このテの店はもう英語は通じないので,かなり怪しいタイ語と身振り手振りと,最後は日本語でコミュニケーションである.

ほんやくコンニャクで調べたところ看板には「普通50・特別60」とあった.せっかくならスペシャルの60バーツ版をいただきたいところ.オババが皿を二種類見せてきて「どっちする?」と尋ねてきたのだが,皿の大きさがほぼ同じなので大小というわけでもなく,そんなんわからいでか!

「special na!」などと言ってみても通じず,最後はオババが片方の皿を指差して電卓で60という数字を出してきたので「ใช่ฯ ครับ(チャイチャイカッ)」,そうそうそれと.

というわけで「たぶん麺類だろう」というヒントだけで頼んだチキンラーメンはそこそこ美味しかった.麺は中華麺ではなく冷麺のようなもっちりとした麺で,はからずもカオソーイに入っているような手羽元が,ごろんと一本まるごと入っていて大満足.

食後,再び東に向かって歩き出し,747カフェまでたどり着いたがもうシャツもずぶ濡れの汗まみれになってしまったので,写真を1枚撮って退散.帰り際にスーパーマーケットで食材とビールを買って,Grabで帰宅した.歩いた距離は7キロメートル,けっこう歩いたなあ.

2026年5月16日土曜日

「私は日本人です」(お気楽クルンテープ通信 No. 71)

タイ語の発音は難しい.まず,有気音と無気音という違いがある.息を出しながら発生する音と息を出さずに発生する音の違いということだそうだが,慣れていないので,なかなかピンとこない.

また,子音の発生にも中子音,高子音,低子音という三種類があり,さらに声調の違いが加わる.中国語の四声は有名で,それを端的に表す「妈(mā)麻(má)马(mǎ)骂(mà)」,まーまーまーまー,「ママが馬を叱りましたか?」という文はご存知の方もおおいことだろう.タイ語にも似たような声調がある.

同じ発音でも声調が異なると全く意味が変わってくる.日本語にもアクセントの違いで言葉の意味が変わるものがあることはあるが,あまり声調を意識する言語ではないので,慣れない言語文化ではある.

日本語との違いについては,母音の多様さも難しさの一つとなっている.基本的に日本語の母音は「あいうえお」の5個なので,どちらかというと簡素なほうである.これが他言語をうまく発音できない原因の一つでもある.口の明け方や喉の震わせかたなど,いままで経験したことのない使い方をしなければならないからだ.

かつて,韓国からの留学生が,韓国語を学んでいる私に対して「先生,韓国語は日本語と違って母音が7個あるので,たくさん練習しても日本人が韓国語をネイティブっぽく喋るのは難しいでしゅ」と説明してくれたことがある.「ええい,伝わればええんじゃ.うるさいなー,お前だって『さしすせそ』をうまく喋れないくせに!」と思ったものだ(さすがに声に出してはいわなかった).

いずれにしても,母語話者以外が他言語をきれいに発音するのはなかなか難しいので,伝わればいいと開き直ることも重要だろう.ネイティブのように発声できればカッコはいいが,それがコミュニケーションに必要かどうかはまた別の話である.

英語にしても,インド人の巻き舌英語や,シンガポールのシングリッシュにタイのティングリッシュ,日本人のベタな日本語英語など,地域によって,かなりクセがある.ネイティブっぽくないとそれらを排除するよりは,それぞれの特徴に慣れて,許容するほうがはるかに建設的だと考えるが,いかがだろうか.そもそもが英語にしても,英語と米語でだいぶ違うし,スコティッシュの訛りが強い人が喋る英語を聞き取るのはかなりハードだ.

ただし,発音が悪くて言葉の意味が変わってしまうと,それはいささか問題である.コミュニケーションが成り立たないのでは意味がない.私は独学でタイ語を学んでいて,残念ながらDuolingoにタイ語のコースがないものだから,本当に徒手空拳で勉強を進めている.そして,発音のチェックには,スマホの翻訳機能を使っている.彼(彼女?)がちゃんと聞き取ってくれるかどうかで,正しく発音できているかどうかを確認するというやり方である.

「私は日本人です」.タイ語では,「ฉันเป็นคนญี่ปุ่น」(C̄hạn pĕn khn ỵī̀pùn)……カタカナで書くと「チャンペンコンイープン」だが,そのまま日本式に読み上げても,絶対に,伝わらない.気になる人は,タイ語部分を翻訳ソフトにコピペして,発声させてみるとよいだろう.アクセントの強弱を,日本人からしたら大袈裟かと思うくらいに抑揚させるのがコツだ.

それにしても,正確な発音はなかなか難しく,とくに「コン」の部分が難しい.私は〜の「チャンペン」の部分も,チャンピオンになったりシャンパンになったり,ちゃんと聞き取ってくれないことも多くて辛い.

それはそれとして,発声の微妙さから微笑ましい聞き取りが出てくるのは,いろいろと興味深い.以下は,何度も練習していた過程で出てきた珍解釈の例である.全て,私が「私は日本人です」とタイ語で発声したつもりの音声を,機械が認識した結果として示されたものだ.

「私は日本製の機械です」…… 惜しい.日本人は機械のように正確だから?

「私は日本のエビです」…… コンがクンになってしまった.エビ,タイ語で「กุ้ง(Kûng)」は,トムヤムクンのクンなので,日本人にも馴染みがあるだろう.しかし,「ン」と「ング」の違いは日本人には難しいのかも.韓国語では「ㄴ」と「ㅇ」の違いということになるが,日本語だとその表記上の違いはない.

「いかにも日本的だね!」…… そうだね.うん,惜しい

「私は日本国民です」…… 本当に惜しい.日本人と日本国民,ほぼほぼ同義.とか言い切っちゃうと,とある方面からクレームが来るかもしれない?

「私は日本人女性です」…… いや,生物学的にもジェンダー論的にも,違うと自認しているんだけれど.

「私はおそらく日本人です」…… うん,たぶん,そう.

実際の会話では,多少,こちらの発音が悪くとも文脈から意味をある程度は察してくれるはずなので,ここまでわからずやということもないはずだが,それにしてもちょっとズレた解釈が出てくるのは哀しくも面白い.

しかし,何度も練習しているうちに,だいぶ,正しく聞き取ってくれるようになった.繰り返しの練習はやはり効果的で,語学は慣れが大切なんだなあと実感した.


2026年5月10日日曜日

高床式コンビニ(お気楽クルンテープ通信 No. 70)

5月も中旬に差し掛かり,暑季も終わりが見えてきた.一年で最も暑い季節が終わると,タイは雨季に入る.このところ,毎日ではないものの,ときどきスコールが降るようになった.今年は少し雨季が早いのかもしれない.

昨年,10月中旬に日本からこちらにやってきた頃は,まだ,雨季が完全に終わってはいなかった.ときおり,激しい雨が降り,道路も水浸しになることがあった.とくに昨年は洪水がひどく,南部のハジャイ周辺や,あるいは中北部のアユタヤとスコータイの間あたりが,だいぶ浸水していた.

昨年の11月にチェンライに出張したときに,飛行機の窓から地上を見下ろしていたら,ふだんはたぶん水田なんだろうなあというあたりが一面水浸しになっていた.本来であれば綺麗に区画された地形が機窓から見下ろせるはずのところが,一面ボヤァっとぼやけた感じになっていたのは,水が溢れていてほとんど湖のようになっていたからだろう.

11月末にロッブリーに遊びに行ったときも,列車の窓から周囲の風景を眺めていたら,ずいぶんと湖っぽいところを通るなあと思ったものだ.しかし,それは湖ではなくて,川の水が田んぼに氾濫して大々的に湖のようになっていただけだった.

もとより,タイのチャオプラヤ川流域は,洪水が多いところである.昔は,ときおり水浸しになるがゆえに,肥沃な土地として集落が栄えたという逆説的な歴史でもある.面白いのは,そのような自然現象に対する対策の考え方が,日本とは根本的に異なるところだろう.

日本では,治水にしゃかりきになり,なんとか洪水を防ごうと考える.堤防を築き,川の流れをコントロールし,住宅地に水が溢れてこないように治水しようとする.

しかし,タイでは,雨季に水が溢れ出すのを素直に受け入れようと考えるようなのだ.自然の力に対して人のできることは限られている.そう謙虚に考えるきらいがある.

ロッブリーの行き帰りに車窓から風景を眺めていたら,多くの住居が高床式になっていることに気付いた.その後にこちらの先生と雑談をしていたときにその件について話すと,伝統的な住居はそうなっているとのこと.洪水で水が溢れても,住居部分が水没しないようにという工夫だそうである.

バンコクの都心で生活していると,そのようなことにはなかなか気付けない.せいぜい,地下鉄の入り口が,数段,迫り上がっていて,ああ,これは雨で道路が水浸しになったときでも地下駅の構内まで水が入り込まないようにする工夫なんだろうなあと考える程度だ.

なお,この地下鉄の駅入り口が階段上になっているのは,東南アジアの他の都市でも見られる構造である.スコールがよく降るような都市では必須の工夫なのだろう.最近は東京でもゲリラ豪雨がしょっちゅう降るので,このような工夫が必要なのではなかろうか.

一方,ラカバンまで来ると,高床式の工夫が随所でみられる.なにしろコンビニの入り口がかなり高い(写真).ここのソイに面した店は,コンビニに限らずどの店もこのようになっている.

いま住んでいるドミトリーの入り口も同様に,階段を上がって入る高さにある.階段の下に立つと,入り口の床はちょうど私の目線程度の高さになっているので,およそ1メートル半といったところだろうか.

このように,タイの人々は,しばしば起こる洪水に対して,床を上げるという対策をしている.大規模な治水工事をするよりは,はるかに安上がりだろう.マイペンライな考え方だなあ.

ただし,先の先生によれば,最近では西洋式の建築が流行っていて,その結果,洪水の被害がひどくなることも起こっているのだとか.流行を追うのもよいけれど,温故知新という言葉の意味を考えることも大切だなあと,しみじみ考えた.

2026年5月9日土曜日

数字の数え方

数字の数え方で面白い話がある.まず,1から10まで,「いち,にー,さん……」と声を出して読んでみよう.続いて,今度は10から1まで,同様にして数えてみよう.行きと帰りで,4と7を,それぞれどう読んだかな?

多くのひとは,前者は「いち,にー,さん,しー,ごー,ろく,しち,はち,きゅう,じゅう」と読んだことだろう(「きゅう」を「くー」と読んだ人もいるかもしれない).対して後者は,「じゅう,きゅう,はち,なな,ろく,ごー,よん,さん,にー,いち」と読んだはずだ.4と7,それらは,し/よん,しち/なな,というように,複数の読み方がある代表的な数字なのである.

では,なぜ,昇順だと「し,しち」になり,降順だと「なな,よん」になるのだろうか?1, 2, 3……と順に数えるとき は「し」「しち」が出やすく,10, 9, 8……とカウントダウンするときは「よん」「なな」が出やすいという傾向がある.これはなぜなのか.

理由は主として,聞き間違いを避けるためと,数唱のリズムの違いによる.数唱というのは,数を昇順に唱えることを指す.

まず,なぜ複数の読みがあるのか?だが,日本語の数字には中国由来の音読み(漢音・呉音など)と日本語化した慣用読みが混在している.代表的な数字が4と7である.歴史的には「し」「しち」も正統な読みだが,現在は,とくに日常会話において「よん」「なな」がかなり強く定着した.

そして,昇順で「し」「しち」が出やすい理由は,昔ながらの「数唱」のリズムの影響が大きいとされている.いち,に,さん,し,ご,ろく,しち,はち……という並びは,拍の長さや音の流れがそろいやすい.とくに,学校教育や暗唱では,この読みが長く使われてきた.

つまり,「数列を唱える」あるいは「九九のように暗誦する」場面では,歴史的な読みが残りやすいのである.

一方で,カウントダウンで「よん」「なな」が好まれる理由は,実用上の理由が強いとされている.まず,「し」は「死」と紛らわしいという事実がある.「し」は音だけ聞くと「死」を連想する.したがって,緊張感のある場面や業務連絡では避けられがちになる.

また,「しち」は聞き取りにくいという特徴もある.「しち」は,いち,し,はちなどと音が近く,とくに早口や騒音下では誤認しやすいとの問題を抱えている.

現代の日本語においては,単独の数字や実務では,よん,あるいは,ななが優勢である.たとえば,電話番号,部屋番号,年齢,カウントダウン,スポーツの点数,航空・鉄道・医療の業務用音声などでは,誤認防止のため「よん」「なな」がよく使われている.

しかしながら,四月(しがつ),七時(しちじ),四季,七福神,のような熟語では,昔からの音読みが固定されており,「し」「しち」が使われる.いち,に,さん,し……といった数唱においても,昔ながらの読み方が慣習的に残っているというわけだ.

つまり,昇順の数唱では「歴史的・韻律的な読み」が主流であり,カウントダウンでは「聞き間違い防止の実用的な読み」が優勢になった.これが,行きと帰りで4や7の読み方が違うという現象の主たる理由なのである.

またもや謎の文字が現れた(お気楽クルンテープ通信 No. 69)

タイ語の子音44文字を覚え,母音も32パターンをなんとなく理解し,4個の声調記号も識別できるようになった.さらには繰り返し記号や省略記号など,特殊なタイ文字も把握した.ヨシ,これで,タイ語で書かれた文章は,意味はまだよくわからぬとも,なんとなく読み上げることはできるぞ?正しく発音できているかどうかは別として.

というわけで電車に乗れば駅の名前を一つ一つタイ語で読んでみようとし,街に出ればそこかしこにある看板をできるだけ読もうとしながら,半年に及んだタイ生活の成果に満足しつつ過ごしていたところに,新たな刺客が現れた.タイ数字である.

タイ語での数字の数え方を覚えるのは,さほど難しくない.1から10までは,ヌン(หนึ่ง),ソン(สอง),サーム(สาม),シー(สี่),ハー(ห้า),ホック(หก),ジェット(เจ็ด),ペート(แปด),ガオ(เก้า),シップ(สิบ)である.3(サーム),4(シー)とか6(ホック)なんて日本語の「さん」「し」や「ろく」に似ているし,このへんの類似性は中国語や韓国語にも見られる現象なので,馴染みがある.

二桁の場合も,基本的には日本語の数え方と大差ない.52だったら「ハーシップソン」75だったら「ジェットシップハー」という具合.例外として,20台は「ソンシップなんとか」ではなくて「イーシップなんとか」になるとか,末尾が1のときは「なんとかヌン」じゃなくて「なんとかエット」となるという微妙な違いがある.しかし,こないだ,Sukhumvit 41を「スクンビット,シーシップヌン(正しくはシーシップエット)」と言って通じたので,慣れない外国人は許してもらえるのかも.

百,千,万も,それぞれローイ(ร้อย),パン(พัน),ムーン(หมื่น)で,1970なら,「ヌンローイ,ガオパン,ジェットシップ」だ.簡単でしょう?

問題は,桁が大きくなると思考が追いつかないという点で,タイ語に限らず,大きな数字を外国語で表現したり聞き取ったりというのはなかなか難しい.これは,脳のリソースの問題で,数字の解釈と言語の解釈の両方,同時に脳が使われるからということなんだそうだ.こればかりは,慣れるしかない.

市場で「タオライ?(เท่าไร)」……いくらですか?と聞くと,ペラペラペラッとタイ語で数字が返ってくる.二桁まではまだなんとか理解できるが,三桁以上になるとどうしても聞き返してしまう.まだまだ,私も,修行が足りない.

話が逸れたが,タイ数字である.タイ数字というのはタイ語を丸くしたような形をしており,タイの文字とミャンマーの文字の中間のような印象を受ける.0から9まで並べると,「๐๑๒๓๔๕๖๗๘๙」となる.どれもこれも似たような形をしているので,ややこしい.

先日,ムスメたち3人を引き連れてバンコク市内観光に出かけたときのことである.ターティヤン桟橋の手前にある土産屋が並んでいるあたり,そこは集合住宅のようになっていて,それぞれの店に番号が付いていることに気がついた(写真).

出た!タイ数字である.彼女らが買い物に興じている間,手持ち無沙汰にしていた私は,解読を試みることにした.

前提として,3桁の数字の並べ方はアラビア数字と同じ,欠番はなく,隣に並ぶ店の番号は1ずつ増えていっている,もしくは1ずつ減っている,という仮定を置いた.それは不自然なものでもあるまい.

出発点は,最も右がゼロ(0)になっている店だ.タイ数字のゼロは「๐」なので,これはわかりやすい.その店を堺にして,左側は,上二桁が同じ記号,右側は,真ん中の桁の記号が異なっている.ということは,右から左に向かって,順番に店の番号が増えていると考えるのが妥当だろう.下の桁がゼロになっているところで,繰り上がりが発生していると考えられる.

とすると,繰り上がりが発生している右隣の店の番号の,下一桁に書かれている数字は9だな?その右は8だろう.というように考えていくと,全ての数字を解読できただろう.

時間切れで途中までしか推理できなかったが,ちょっとした謎解きゲームのようで,楽しかった(ちなみに写真の番号は「248」.お分かりかな?)

2026年5月7日木曜日

Grabとタクシー(お気楽クルンテープ通信 No. 68)

東京で生活していたときの私は,タクシーをほとんど使わなかった.東京は公共交通機関が過分に発達しているので,電車とバスで,ほぼ,どこへでも行けてしまうからだ.

しかし,こちらでは若干,状況が異なる.バンコクの都心部はBTSやMRTといった電車の路線網がそれなりに主要なエリアをカバーしているので,電車だけでもそこそこ移動できる.ところが,KMITLのキャンパスがあるラカバン地区では,そうもいかない.

KMITLのキャンパスの中央をタイ国鉄,SRTが東西に突き抜けており,中心部にプラーチョムクラオ,東の端にフアタケーという二つの駅がある.それは便利だろうと思いきや,このSRT,一時間に一本ないという頻度でしか走っておらず,しかも,時間通りに来ない.

畢竟,それ以外の公共交通機関に頼ることになるが,外国人にとってバスが使いにくいのは世界中どこに行っても同様で,何度か乗ろうと試みたことはあるものの,まだ,足として使いこなすには至っていない.

タイにはバスの他にもソンテウという小型バス,というか,トラックの荷台を乗客用に改造した,フィリピンでいうジプニーのような乗り物もある.これも,路線がどうなっているのか,乗降のタイミングはどうなっているのかなど,地元民に教えてもらわないと使いにくい.KMITLの学生に教えてもらえばよいのだが,今はちょうど期の変わりの休暇期間に入っており,それも叶わない.

ところでソンテウには安全性にかなり問題があるような気がするのだが(写真),落ちたら落ちたで,そのときはそのときだ,とでも思って乗っているのだろうか.マイペンライ?

そんな状況なので,とくにラカバンに引っ越してからはタクシーを利用する機会がグンと増えた.こちらのタクシーはかなり安く,ARLのラカバン駅からKMITLまで,5km程度乗車して,70バーツ前後,およそ350円である.したがって,経済的にはそれほど贅沢という感じはしない.ただし,タクシーに乗るとき,コミュニケーションが必要なのが若干のハードルとなる.運転手に行き先を告げなければならないからだ.

バンコク市内であれば,タクシーの運転手も慣れたもので,英語が通じる場合が多い.英語を話す観光客が多いからだろう.しかし,ラカバンでは英語が通じない確率のほうがはるかに高い.一度だけ,全く意思疎通ができず,乗車を諦めたことがあった.大学を訪れる外国人は多いだろうに,皆さんいったいどうしているんだろう.

この問題を一気に解決して快適な移動を提供してくれるサービスがGrabである.米国でUberが先行したITを駆使した配車サービス,東南アジアではGrabが席巻している.なにしろ目的地はスマホの地図で設定すれば運転手と共有されるので,会話を一切しなくても,どんな目的地でも連れていってくれるという素晴らしさ.

もっとも,最初にワッディカップ,あるいは,降りるときにはコップンカップと,最低限の挨拶くらいはしている.このくらいのタイ語ならもう自然に出てくるようになったしね.

それにしても,Grabの運転手も千差万別で,先日,からワット・パークナムまでGrabを利用した際に,行きの運転手は堪能な英語で饒舌に喋りまくってきた.曰く,「なんでタイ語を話すんだ?こっちに住んでいるのか,大学の先生か?うちの娘もITを学んでいるんだ,教えてやってくれないか」といった具合である.かと思うと,帰りの運転手は寡黙で全く喋らず,最後の降車時に「Thank you」とひと言喋っただけだった.

ところで,タクシーに乗り込んで行き先を言う際,運転手さんに「KMITL」とか「キングモンクットうんちゃらかんちゃら」と説明しても,まったく伝わらない.しかし「てくのーらかばん」と言えば一発OK.そういうローカルルールは教えてもらわないとわからないが,はてさて,私はどうしてそれを覚えたんだっけ?何度か苦労してやりとりしているうちに「おー,てくのーらかばん!」って運転手さんが応えたことがあって,それで認知したんだっけかな.

Grabは,お会計もクレジットカードでネット決済の明朗会計,タクシー利用にありがちな金銭トラブルは一切ない点もよい.メータータクシーよりは,若干,割高ではあるが,観光地や深夜のスワンナプーム空港に跋扈しているメーターを使わない雲助タクシーよりは安全で,安心できる.

2026年5月6日水曜日

大学の寮は快適?(お気楽クルンテープ通信 No. 67)

 早いものでタイ滞在も残り1ヶ月を切ってしまった.最後の1ヶ月はKMITLのドミトリーでの生活である.キャンパスの隣にあり,通勤時間は極端に短くなる.なにしろ寮の部屋から研究室まで歩いて3分だ.

当初,ホストの先生が「ドミトリーはあまりおすすめしないけど」と言っていたのが気になってはいた.いざ引っ越してみたら,築年数こそ嵩んでいそうではあったものの,それなりに綺麗だし,そこそこ広く,快適である.少し足を延ばして学食まで行けば,安くて美味しい食事にもありつける.

生活道具もひと通り揃っている.いまは暑季でとても暑いがエアコンの効きは抜群で,スイッチを入れればすぐに涼しくなる.1Fにコインランドリーもあるし,入り口には,いちおう,セキュリティのおじさんがいる.しばしば席を外していることが多く,セキュリティになってる?という心配がないこともないけれど.

ただし,難点が二つあった.

一つは,飛行機の騒音である.KMITLはスワンナプーム空港のすぐ近くに位置している.したがって,飛行機がひっきりなしに飛んでくる.風向きによって北からのアプローチで飛行機が着陸する場合は,KMITLの上空を降下してくることになる.

研究室のある建物は作りがしっかりしているせいか,これまであまり気になったことはなかった.しかし,寮の部屋は飛行機の音がよく響く.しかも,5分おきくらいの頻度で,昼夜を問わず,飛んでくる.夜中もお構いなしに轟音を響かせてやってくるので,気になる人はなかなか眠れないかもしれない.

日本の空港だと,住宅地に隣接している伊丹空港や福岡空港などでは夜の離発着には門限があるはずだが,こちらではそんなことは気にしないのだろうか?マイペンライ?まあ,数日,夜を過ごしていたら,もう慣れた.人間の慣れというものは恐ろしい.私の神経が図太いだけかもしれないけれど.

もう一つの問題は,ビールの調達である.これまで半年間,バンコクの都心で住んでいたコンドミニアムは,隣のブロックにセブンイレブンがあり,さらにその先にはトップスというバンコクではどこにでもあるスーパーマーケットがあった.いずれもアルコールは販売しており,トップスなどビールのラインナップは目を見張るものがあった.いろいろ試した結果,シンハービール(ビアシン)に落ち着き,それで命を繋いでいた.

寮の近くにも,中規模のトップスとコンビニ店舗型の小さなトップス,そしてセブンイレブンと,3軒の店がある.しかし,いずれもビールを売っていないのだ.調べてみたところ,タイでは,大学の300m圏内でアルコールを販売したり,料理店でも提供したりしてはいけないという決まりがあるらしい.なんてこった.

これは困った.どこに行けば買えるだろうか.しかし,大学の南側,運河を超えたところのタイ料理屋でビールを飲んだ経験がある.あそこ,300m以内のはずだが?

ひょっとして運河の向こう側だと大丈夫なんだろうか.運河の向こう側に並行してラカバン通りが通っている.その近辺にあるスーパーやコンビニでは,ビールを売っているのではなかろうか.

というわけで,早速,偵察に行ってみた.ビンゴ!その仮説は正しかった.橋を渡ったところにあるセブンイレブンではビールが置かれていたのを発見.それ以外にも,ぐるっと回ってみたところ,ラカバン通りに面した店ではどこでも買えるようだった.

直線距離で300m以内のはずで,アルコール販売禁止エリアに入っているはずだが,運河を隔てているので問題なしということなのだろうか.いずれにしても,こちらにとっては,問題なく買えるということで,ありがたい.

しかし,寮からラカバン通りまで出るのはけっこう大変なのである.直線距離だと運河を超えてすぐそこなのに,橋を渡るためにぐるっと回り込まないといけない.もっとも近い店で,道のりで1km強といったところだろうか.

いまは暑季,日中の炎天下を,ビールを抱えて歩いていたら,熱中症になってしまいそう.じゃあGrabの配達サービス使えばいいじゃん?と思いきや,マーケットの配達メニューにアルコールの項目が見当たらない(写真).実は,ここにも法律の壁が聳え立っていた.曰く,アルコールのデリバリーは禁止されているとのこと.うーん,残念.

スコールがザーッと降ると,その後,気温がガクッと下がる.夕方にスコールが降った後の夜は,かなり涼しくなり快適に過ごせることがわかったので,そのタイミングでビールを買いに行けばいいかな.

2026年5月5日火曜日

詐欺師にご注意(お気楽クルンテープ通信 No. 66)

日本はゴールデンウィークということで,東京からムスメとその友達2人がバンコクに遊びにきた.ムスメは学生時代に何回かバンコクを訪れたことがあるらしいが,お友達は初めてとのこと.しかもそのうち1人は初海外だとか.

初めてのバンコク観光ならとりあえずは三大ワット(三大寺院)と王宮かな?と,巨大な涅槃仏のあるワット・ポー,エメラルド寺院として知られるワット・プラケオ,そして暁の寺ワット・アルンを訪れてみようということになった.

これらの寺院と王宮は歩いて回れる距離にある.まあ,ワット・アルンは川を渡る必要があるけれど.最寄のサナムチャイ駅まで地下鉄に乗って行き,さて,どの順番で回るべきかと思案した.暑いので,駅から最も遠いワット・プラケオまで車で行って,散策しながら戻ってこようかと考えた我々は,どうせならトゥクトゥクでも乗ってみようかということにした.

私も実はトゥクトゥクには一度も乗ったことがない.あれは観光客の乗り物だ.少しくらいぼられたってかまやしない.観光料金と思えば安いもの.

そこで,駅の出口に屯しているトゥクトゥクのドライバーに声をかけてみた.すると,そのドライバーは「これ,アプリで予約するやつだから,まずアプリ使って」というじゃないか.驚いた.トゥクトゥクもDXが進んでいるらしい.

「どうしよう,Grab呼べるかな?」などと相談していると,いかにも怪しいひとが地図を片手に声をかけてきた.曰く,「イマ11時30分デショ,オ寺ハ13時マデ昼休ミダカラ」と.寺は昼休みの時間で入れないから我々のトゥクトゥクに乗って水上マーケットに行ったほうがよい.ひとり10バーツで,40バーツだけでいいから……などと調子のよいことを言ってくる.

ワットが昼休み?そんなん聞いたことないぞ?

いかにも胡散臭さすぎて,もう怪しいやつ確定.「じゃあまず最寄りのワット・ポーに行って本当に昼休みかどうか確かめればいいよね」と,連中を振り切って歩き出した.

案の定,昼休みになっているなんてことはなくて,ホイホイ話に乗らなくてよかったねと一安心した.調べてみると,その手の詐欺に要注意とあった.

もしあの怪しげなトゥクトゥクに乗ってしまっていたら,はたしてどうなっていただろうか.私一人だったら走って逃げてどうとでもなったろうが,土地勘もない若い女の子たち3人を引き連れてだと,なかなか困った状況になっていたかもしれない.くわばらくわばら.

だいぶ昔,まだインドはニューデリーには地下鉄が一本も走っておらず,公共交通手段としてはバスしかなかったころ,ニューデリーに出張してかなり困った状況に陥ったことがある.

中心部にあるコンノートプレイスという場所に行ってくれと,オートリクシャー,インド版のトゥクトゥクみたいな乗り物に乗ったところ,「今日は海外の要人が来ていてコンノートプレイスまでの道は全て封鎖されている.だからこちらに行く」と,無茶苦茶なことを言われて全くわからない場所に連れて行かれた.

なんということはない,着いたところは土産屋の裏口である.彼らは口を揃えて言うのだ.「政府公認の土産屋に行こう.運賃はいらないから」と.

おそらくカモを一匹連れていくと多額のキックバックがあるのだろう.そんな店に連れて行かれようものなら,何を買わされるかわからない.噂では10万円の絨毯を買わされた話なども聞いた.いやはや,恐ろしい話である.

車を降りた私は10ルピー札を投げつけて,走って逃げた.当時はスマホもなかったので,見知らぬ街の一角にほっぽり出されて,どうしたものかと途方にくれたものである.

太陽の方角と野生のカンだけを頼りに,こちらのほうかなと歩き出した.しばらく歩いたらなんとなく記憶にある光景が見えてきて,結果としてなんとかホテルに戻ることができたものの,かなり冷や汗をかいた.暑いインドで.

土産屋に連れていかれるといえば,乗っていたリクシャーの運転手が途中で誘ってくることもしばしばあった.赤信号に引っかかって停車するたびに,後ろを振り返って「ところでミスター,政府公認の土産屋に行かないか?」と誘ってくるのだ.その度に,「いや,行かんってさっき言うたがな!」と何度も応える.まるでコントのような光景が繰り返されることになる.

挙げ句,ホテルの前に着いて(リクシャーは敷地内に入れない),「着いたけど,いまから時間ないか?運賃いらないから政府公認の土産屋に行こう」とのご提案.一事が万事,この調子なので,もう,笑ってしまうしかない.

街を歩いていれば「ハローマイフレンド!政府公認の土産屋に……」と呼びかけられ,車に乗ればこのとおり.そこにはよほど美味しい何か,つまり,客にとってはとっても不都合な何かがあるに違いない.要注意である.

写真は翌日訪れたワット・パークナムの巨大な金ピカ大仏.2021年に建立されたものだそうで,まだ,比較的新しく,光り輝いている.電車の窓から何度も見ているのでわざわざ行くこともあるまいとは思っていたが,来たら来たでそれなりに面白かった.

2026年4月30日木曜日

フードコートはリーズナブル(お気楽クルンテープ通信 No. 65)

バンコクは都会なので,食べようと思えば,そしてお金さえケチらなければ,世界各国の料理を楽しめる.和食にしても,立派な寿司屋や鰻屋もあるし,ラーメン,カレー,定食屋,なんでもある.ハンバーガーやフライドチキンといったグローバルチェーン店のみならず,日本のチェーン店も多数,出店している.もっとも,日本で食べるよりは,若干,値段は高めかも.

寿司と鰻はそもそも値段が高いので,バンコクのそれには一度もチャレンジしていない.ネタのクオリティはどうなんだろう?という興味はあるものの,わざわざタイまで来て寿司ってのもなあという気持ちが先に立つ.帰国してから美味しい寿司を食べにいけばいいよねとの思いが強い.

もっとも,こちらにいる間に一度くらいは回転寿司に行ってもいいかもしれないとは考えている.こちらの回転寿司は,昔ながらの「回転」寿司だから.そう,寿司が由緒正しく回っているのである.衛生面を考慮してかカバーが掛けられているところがほとんどだが,流れている寿司を選んで食べる楽しさがまだ残されていてよい.

回転寿司の様子を眺めていたり,あるいは,スーパーマーケットの惣菜売り場,寿司コーナーの様子などをみていたりすると,一番人気のネタはサーモンのようだ.先日,韓国に出張した時にこの話をしたら,同行していた韓国在住のKさんも,韓国でも寿司ネタはサーモンが最も人気があると言っていた.

ショッピングモールの飲食店フロアに行けば,和食に限らず,多様な料理を味わえる.中華料理,フレンチ,イタリアン,よりどりみどりだ.繁華街の大通り沿いなどにも,ステーキハウス,韓国料理,なんでもござれ.ただし,おおむね値段は高めだろう.とくに観光客目当ての店は,比較的値段が高い.

一方で,駅から少し離れたり,ソイを少し入り込んだところにあったりするような「ど」ローカルな食堂は,かなりリーズナブルな価格で食べられる.多くは伝統的なタイ料理,あるいは,地元民が毎日食べるような日常的な料理である.そのような多くの店は,レストランというよりは,まさに,食堂,という感じの佇まいをしている.たとえばこんな感じ(写真).

しかし,どローカルな食堂は,入りにくいという皆さんも多いことだろう.言葉は通じるだろうか,注文できるかな,タイ語のメニューしかなかったらわからないな,支払いはどうするんだろう,など,心配は尽きない.

まあ,言葉なんてわからなくても指差し確認でなんとかなるもんだが,慣れないと心配になるのは致し方ない.なんかテキトーに頷いていたら丸々一羽ぶんの北京ダックが出てきてしまって慌てて断った,なんて話は私にもあって,たしかに多少恥ずかしかったり申し訳なかったり,ときには経済的に失敗したりなどということはあるかもしれないけれど,別に,殺されるわけじゃないし.

というわけで,旅行先でも物おじせずどんどんローカル飯にチャレンジしてみると面白いよとオススメはしておくが,それより手軽に,リーズナブルなローカル飯を楽しめるのはフードコートである.

ショッピングモールや,空港,公共施設などにあるフードコートは,初心者でも比較的簡単かつリーズナブルにローカル飯を楽しめる.タイでも少し大きめの施設にはたいがいフードコートがあるので,手軽に本場のローカル飯を味わってみたいという場合はフードコートに行けばよい.

たとえばスワンナプーム空港に行ったとしよう.2Fにレストランが並んでいるフロアがあり,そこのメニューを観察してみると,たいがい200バーツから500バーツといったところ.さすが空港メシだけあって,それなりの値段をとる.

そこで狙い目は,1F,北の外れ,出口に向かって左端にあるフードコートである.隅っこにひっそりと入り口があり目立たないので,気付かない空港利用客も多いかもしれない.しかし,ここはとてもリーズナブルで,いろいろなタイ料理を楽しめる.どれも100バーツしないので,いくつか頼んでも大丈夫.ここに来ると,物価に敏感そうな皆さんでいつも賑わっている.

ドンムアン空港も同じで,空港ターミナルからSRTレッドラインの駅に向かう途中の,比較的閑散とした場所にフードコートがある.こんなところにフードコート?と訝しげに思うものの,入ってみると,やはりここも,物価に敏感そうな皆さんで賑わっている.

タイでフードコートを利用する際には,一点だけ,ほとんどの場所に共通するルールがあるので,それは覚えておきたい.それは,最初にカードにお金をチャージせよというものである(ただし,まれに,現金でそのままやり取りできるところもある).

フードコートを訪れたら,まずは,カード販売カウンターを探そう.最近は自販機タイプも増えているが,多くのフードコートでは,2人くらいのお姉さんが並んでにこやかに対応してくれる.

そこで,お腹の空き具合に応じて現金をチャージする.なにしろ安いので,それほど多額の金額をチャージする必要はないが,多めにチャージしても大丈夫.食べ終わったら,同じカウンターに行けば,残金は戻してくれる.あとは,個々の店,屋台のような出店ブースで好きなものを注文し,そのカードで支払えばOK.

サイアムやプロンポンあたりの小洒落たショッピングモールのフードコートだと,このカードシステムではなくクレジットカードやQRコード決済で直接店とやり取りできるところも増えているらしいが,いずれにしても現金決済をその場でしないのは衛生的でよいなと思いつつも,そのカードを使い回しているようだから,結局,同じなのかも?

2026年4月29日水曜日

バンコクの音(お気楽クルンテープ通信 No. 64)

中国,韓国と10日間ほど出張していて久しぶりにバンコクに戻ってきたら,セミが鳴きはじめていた.いまは4月末だが,タイは夏本番,夏まっ盛りというところ.

タイの季節は,だいたい11月から2月までが乾季,3月から5月までが暑季,そして,6月から10月までが雨季となっている.昨年の10月にこちらにやってきたときはまだ雨季の終わりでしばしばスコールに振られたが,しばらくするとほとんど雨に降られることはなくなった.乾季は気温も下がり,とても過ごしやすい,よい時期だ.

こちらに来てからしばらくはホテル暮らしをしていたが,さすがにずっとホテルで生活するというわけにもいかない.その後,コンドミニアムを半年間,契約し,簡素な部屋ではあったがミニマリストな生活を気取っていた.なかなかに暮らしやすい,いい部屋だった.半年経過して,その契約が切れてしまったので(出張の兼ね合いで数日だけ延長してもらったけど),引っ越しをした.

タイ滞在の最後の1ヶ月はKMITLのドミトリーに入れてもらう手筈になっているが,数日,間が空いてしまうので,再び,近くのホテルに移った.ホテルというよりはゲストハウスという風情の,極めて経済的なホテルである.

今週末,日本はゴールデンウィークで,ムスメが友達連れてバンコクに遊びにくる予定になっている.彼女らがこのホテルを予約したというので,ひと足先に,泊まってみたというわけだ.せっかく遊びに来るんだからもっといいとこ泊まればと思うが,若いから,気軽なところがよいのだろう.

さて,セミの話だった.こちらのセミは夕方から夜にかけて鳴くらしい.鳴き声は,日本のそれとさほど変わらない.蝉時雨に慣れている日本人なら,あ,セミが鳴いてるな?とすぐ気付くだろう.

余談だが,欧米にはセミがいないので,日本のドラマや映画を輸出した際に,セミの鳴き声が煩いと消してしまうことがあるのだとか.夏の盛りであることを示す記号として使われているセミの音が,背景知識がないゆえに単なるノイズとして捉えられてしまう事例として,たいへん興味深い.

日本のセミと違って,音量が多少,控えめなのもよい.四六時中ずっと鳴いていないところも,好ましい.夜中まで煩いのは勘弁してほしいと思っていたら,きちんと節度をわきまえているようで夜中は静かにしてくれている.

そして,朝.バンコクの朝のよいところは,鳥のさえずりで目がさめる点である.なんという鳥かはわからないが,ピーピー,チチチと軽やかな鳥の鳴き声が明け方から聞こえてきて,いかにも南国にいる気分になる.

しばらくすると,通りを通るバイクの音がひっきりなしに聞こえてくるようになる.一日の始まり感が否応もなく盛り上がる.今日も一日,がんばろう.

もう一つ,バンコクを特徴付ける音といえば,セブンイレブンの入り口,扉が開け閉めされるたびに鳴るピコンピコンという音かもしれない.日本のそれとは違う,特徴的な音.角を曲がればセブンイレブンがあるこのバンコクでしばらく生活していると,自然と耳に残る音である.

また,自転車でチリンチリンとベルを鳴らしながらやってくるアイスクリーム売りの音も,バンコクならではの音だろう.近年は,気取ったメロディの音楽を鳴らしながらやってくるアイスクリーム売りもいて,その音楽も耳につく.

ところで,セブンイレブンやアイスクリーム売りの他に,バンコクの街角のそこかしこで見かける風景がある.それは,くじ売りの人々である(写真).彼らはライセンスを持って,くじを販売しているらしい.

調べてみたら,毎月2回抽選がある政府公認の宝くじとのこと.当選の情報はどこでわかるのかとか,どこで換金できるのかとか,わからないことだらけで手を出す気にはならないが,至る所で見かけるので,みなさん相当に好きなんだろうね.

2026年4月27日月曜日

駅名問題(お気楽クルンテープ通信 No. 63)

駅名はなかなかに難しい.空港とバンコク市内を結ぶAirport Rail Link(ARL)から地下鉄Mass Rapid Transit(MRT)に乗り換えるには,ARLのマッカサン駅で降りて連絡通路を通っていけばよい.ところが,連絡しているMRTの駅には,マッカサン駅ではなくラッチャンブリー駅という名前が付いている.

ARTに並行して,古くからあるタイ国鉄,State Railway of Thailand(SRT)の線路がある.ARTマッカサン駅の隣にも駅があり,その駅はアソーク駅である.ところがSRTにもマッカサン駅があり,SRTのマッカサン駅は,アソークからさらに西にひと駅行ったところにある(図).

アソーク駅といえば,MRTに乗り換えてひと駅南に行ったところのBangkok Mass Transit System(BTS),通称スカイトレイン,スクンビット線の駅がアソークである.

どうしてこうなった?

ことごとく駅名がずれていて,紛らわしいことこのうえない.

ヒントは通りの名にある,MRTが通っている通りは,アソーク通り.対してSRTはその通りに対して直角に走っている.SRTが通っていたところで,アソーク通りにぶつかった.そこに駅を作ろう.アソーク通りに至る駅だから,アソークだな.

BTSのアソーク駅も同じような理由だろう.BTSはスクンビット通りの上を走っている.アソーク通りにぶつかったので,ここはアソーク.理にかなっている.一方,同じ場所にあるMRTの駅はスクンビットである.

MRTはアソーク通りの地下を走っている.駅はアソーク通りとスクンビット通りの交差点.アソーク通り側からしたら,スクンビット通りにぶつかったところなので,駅名として「スクンビット」とするのは理にかなっているだろう.


というような話をS先生としていたら,日本でも同じような話はあるとおっしゃる.それは多摩都市モノレールの「甲州街道」駅.多摩モノレールが甲州街道を超えるところに設置された駅である.甲州街道?大きく出たな!という話.

そういわれてみると,JR東日本の鶴見線には「国道」という駅がある.鶴見線が国道15号を超えるところにある駅である.国道なんて日本全国至る所に走っているが,鶴見線のローカル視点でみると,重要な駅名なんだということだろう.

2026年4月18日土曜日

中国武漢出張記(お気楽クルンテープ通信 No. 62)

バンコクから中国の武漢に出張したのでその顛末を少し記しておきたい.なにしろ,台湾にはちょいちょい出かけているものの,中国本土に上陸するのは20年以上ぶりなのである.中国の各都市にはそれまでに何度も訪問したことはあるが,上海万博の前あたりに最後に北京か上海かを訪れたのが最後で,なんとも久しぶりの中国出張である.

今回の出張は武漢で開催される国際会議に参加して研究成果を発表することだったが,国際会議への参加は後付けの理由で,中国地質大学で教えていらっしゃるK先生を訪問したいというモチベーションで画策した出張だった.実際,国際会議の前日に中国地質大学で同大学の学生向けに講義をした.ちゃんと仕事はしているぞ?と,言い訳もきちんと用意するあたりが我ながら姑息だ.

ともあれ,20年以上ぶりの中国はさぞかし変わっているだろうなあとは予想していて,いろいろ話には聞いていたものの,想像以上の変貌ぶりで,驚いた.

まず,宿泊している宿はどうということのないビジネスホテルだが,いろいろ先進的だった.エレベータはカードキーをかざさないと部屋がある階にいけないのは最近よくある仕様だが,ここのホテルはカードキーをかざすと自動的に部屋の階のランプがついて,わざわざ押す必要がなかった.実に合理的だと感心した.

エレベータといえばお掃除ロボットかルームサービスの配膳ロボットかわからないが,ロボットが乗り込んできたのにも驚いた.お掃除ロボットは最近あちこちの空港で見かけるし,配膳ロボットもファミレスでは当たり前になっている.しかし,エレベータを乗りこなすロボットはあまりみたことがない.

ロボットがエレベータに乗ってくると,目的の階のボタンが自動的に点灯した.ロボットとエレベータが通信してコミュニケーションをとっているんだろう.まさに未来的な光景じゃないか.

機械がコミュニケーションをとっているといえば,驚いたのはカーナビである.今回,地質大で講義をしたあと,少し時間があったので車で市内をいろいろと案内していただいた.そのとき,「カーナビと信号が連動してるじゃん!」ということに気付いた.

ここ武漢の大通りにある信号は,赤信号も青信号もカウントダウンタイマーが付いている.あと何秒というやつである.あれがあると,皆さん安心するのかな.ところがそのカウントダウン表示が,カーナビの信号にも表示されており,その数字が,ほぼ,連動しているのだ.

制御をご専門にされているK先生に訊くと,路車間通信で連動させているのでは?とのことだったが,一時期,未来の技術として語られていた車々間通信や路車間通信という技術がすでに普及して使われているのに驚いた.

もっとも,多少ずれているので,ひょっとしたら通信ではなく時刻で連動させているのか?とか,カメラで撮影して認識しているのか?とか,正確なところはよくわからない.しかしながら,実際の信号とある種のサイバースペースであるカーナビの情報がほぼ同期しているのは,単純に「すごい」と感心した.

車といえば我々を乗せてくれたワゴンは,電気自動車だった.電気自動車については個人的にはドライビングプレジャーの観点から両手を挙げて賛成するつもりはないが,世界的にみても,行きつ戻りつしつつとはいえども今後のEVシフトは避けられないだろう.

緑のナンバーは電気自動車だと教わった.街を歩いているときになんとなしに眺めてみると,だいたい3〜4割くらいだろうか.かなりの数の電気自動車が走っている.自動運転のタクシーは走っているのか?とK先生に尋ねてみたところ,それはまだ特定のエリアだけだとのことだった.しかし,特定のエリアだけでもちゃんと走っているのは,すごい.

学会の会場となった大学の構内は,学生たちが電動スクーターで走り回っている.その光景はバンコクの大学と大差ない.違いといえば電動か否かというところだけで,ノーヘル二人乗り当たり前というあたりは全く同じ.

大学だけでなく街なかでも歩道を我が物顔でちょこまかと走り回るバイクには要注意である.「バンコク名物,歩道を走るスクーター」と思っていたが,ここはそれ以上に,ひどい.ただし,それで社会が回っているので,文化の違いといえばそれに尽きる.郷に入っては郷に従え,When in Rome, do as the Romans doである.

一方で,ネット接続はいろいろと辛い.いわゆるグレートファイアウォールが多くの西側サービスをブロックしているからである.権力者が科学の発展を邪魔するのは国を問わないんだなあと思ったとか思わなかったとか.

写真は,講義の後に案内してくださった黄鶴楼にあった壁画,どうみても水戸黄門にしか見えない(たぶん中国の偉人なんじゃないかと思うんだけど).

2026年4月15日水曜日

南国はフルーツ天国・再び(お気楽クルンテープ通信 No. 61)

以前,2月から4月にかけてしか出回らないマヨンチットの話をした.マヨンチットもそろそろ終わりになるのかと思うと,ふだんフルーツなどあまり食べないくせに,少し寂しい気持ちになる.

それでも,貧相な食生活でビタミンをきちんと摂るためにもたまにはフルーツを食べたほうがよいだろうと,カットフルーツは気が向いたときに買って食べているという話もした.

そんななかで,ずっと気になっていたフルーツがある.ポメロである.

日本でも見かけることはないこともないので,ご存知のかたもいらっしゃるだろう.巨大な柑橘類である.見た目は大ぶりなグレープフルーツといったところ.グレープフルーツと同様に,黄色いものとピンクのものがある.

タイは南国,フルーツ天国なだけに,路上でもカットフルーツが売られていたりする.ポメロの場合はカットフルーツというよりも剥きフルーツと呼ぶべきか.巨大な「ふさ」が剥かれて盛られており,とても美味しそうに「食べてー,食べてよー」と私を誘ってくる.

昨日,ふらっといつものスーパーに立ち寄ったら,果物コーナーの最前列にポメロがドーンと陳列されていた.ひとパック199バーツ,日本円にしておよそ1,000円なので,それなりにご立派な値段である.

しかし!

いつもの「Buy 1 get free 1!」のポップが私の目を惹きつけて離さなかったのである.二つで199バーツか.どうしようかな.

心はすでにポメロに鷲掴みにされている.もう買わないという選択肢はない.しかし,どう考えても二つは多い.ひとパックでも持て余しそうな量がある.悩んだ結果,ひとパックだけ手にとって,レジに向かった.

ところがだ.レジのお姉さんが親切にも「Buy 1 get free 1よ?もう一つ持ってきなさいよ」と仰る.その迫力に「いや一つで十分なんだ」と断れず,オッケーとにこやかな笑顔を浮かべて売り場に走る私…….商売上手だな,いや,店としては損してるのか?マイペンライ.

結果,巨大なポメロのパックが二つ,我が家にやってきた.その大きさを示すためにボールペンを手前に置いて写真を撮ってみた.どうだろう?

少し時間を置いて,冷蔵庫で冷やしてから,食べてみた.味は期待通り.甘酸っぱくて美味しい.それにしても,ひとふさがずっしり思い.スマホより大きいかも.というわけでとっても食べ応えがある.パックの半分食べたらお腹いっぱいになってしまった.

あと1パック半,残っている.明日から少し長めの出張なのに,どうしよう.うっかりしたなあ.まさか持っていくわけにもいかないし,頑張って食べねば.

2026年4月14日火曜日

続・ソンクラーンでびしょ濡れに(お気楽クルンテープ通信 No. 60)

バンコクでソンクラーンが最も盛り上がるのはシーロムかカオサンのあたりと聞いて,居ても立っても居られなくなった私はいそいそと出かけてみた.カオサンは少し行きにくいので,BTSでサクッと出かけられるシーロムに行ってみた.どうせ大学は休みだし,自宅で鬱々としているのも,もったいない.

シーロム通りはタイ最大のビジネス街で,金融機関も多い.バンコク銀行の本店もここにある.日本語がカタコトの日本語デスクがあるバンコク銀行の本店がある.それはともかくとして,この通りはバンコクのウォール街とも言われているとかいないとか.

シーロム通りはルンピニー公園のある交差点から始まって東にチャオプラヤ川の手前まで伸びている.西端の交差点にはMRTのシーロム駅が,その少し東側にはBTSのサラディーン駅がある.

BTSのシーロム線に乗ると,すでに車内には浮かれたソンクラーン戦士たちでいっぱいだった.アロハシャツに短パン,サンダル,大きな水鉄砲を抱えている.そして彼ら彼女らはサラディーン駅でぞろぞろと降りていった.少し後ろから私もついていく.

降り立った瞬間から,街に鳴り響いている大音量の音楽に囲まれてお祭り気分は最高潮になる.駅の改札を出てペデストリアンデッキを進み,その端からシーロム通りを見下ろすと,そこには人,人,人の大混雑が遠く向こうのほうまで続いていた(写真).

シーロム通りは歩行者天国になっていて,車道をゆっくりと群衆が歩いている.写真の奥のほうには水飛沫が写っているのがお分かりだろうか.この列に入り込んだらずぶ濡れ間違いなし.さすがにそれは少し気が引けたので,十分に満足した私は自宅に戻ることにした.

BTSでサラディーンまで来てせっかく改札を出たのだから,そのまま同じ改札から引き返すのもなんとなく悔しい.そこで,MRTのシーロム駅まで,1ブロックほど歩いてみることにした.

ところが,網目上になっていないタイの街路という性質上,どうしても大通りを通らざるを得ない.このあたりはそれでも比較的網目になっているほうなのだが,裏道が見つからなかった.致し方なく,この人混みに紛れてシーロム駅を目指したのが運の尽き.

車道の行列に加わるとびしょ濡れになるのは明らかだったので,歩道の列にコソコソと紛れたつもりだったのだが,それでも,後ろから撃たれた.卑怯なり!

1ブロック歩いただけでだいぶ水浸しになってしまった.まあ,これもお祭りと思えば,気分もアガる.いとをかし.

路上では「fill up 20baht!」と,大きなクーラーボックスに溜めた水を販売していた連中もいた.空になった水鉄砲に水を補充させてくれる商売である.ここぞとばかりの商売,商魂たくましいですなあ.

この水かけ祭り,気候的には最も暑いこの時期に行われるので,考えてみればリーズナブルなイベントである.タイは3月から5月が夏で,暑季とされている.6月以降は雨季になるので,暑いには暑いものの,スコールが降るとサーッと気温が下がる.同じように,濡れたシャツが乾いていくときに気化熱で温度が下がり,多少は心地よい.

もっとも,一番涼しいのは電車のなか.エアコンがギンギンに効いていて,いつまでも乗っていたいと思わせる快適さであった.

ソンクラーンでびしょ濡れに(お気楽クルンテープ通信 No. 59)

昨日の朝,タイ国鉄の下り線に乗ったら,大きな荷物を抱えた乗客で満員だった.昨日からソンクラーンが始まったので,田舎に帰省する人々と思われる.

ソンクラーンとはタイの旧正月で,タイ旧暦の新年が西暦でいう4月の中旬あたりだったことによる.現在では4月の13日から15日がソンクラーンとされており,多くの人が帰省したり旅行に出たり,休暇を楽しんでいる.ソンクラーン期間中は閉じる店も多く,日本の正月風景と似たようなものだろう.

以前に報告したように,今では西暦の正月,年越しも大々的に盛り上げられているし,華僑の影響も強いので,ルナ・ニューイヤー,いわゆる旧正月の季節も街は賑やかになる.加えてこのソンクラーン,何度も正月があっていいですなあ.ちなみに,マレーシアには4種類の正月があるらしい.

ソンクラーンが近くなると,街はソワソワし始める.4月に入ったあたりから,スーパーの入り口やコンビニの店頭には,ソンクラーングッズのコーナーが現れる.代表的なソンクラーンの道具は巨大な水鉄砲である.道端にも水鉄砲売りがあちこちに出現する.

田舎に帰省する人々も多い一方で,バンコク,チェンマイ,パタヤなど街や観光地には浮かれた人たちが集まってくる.最近のソンクラーンは「水かけ祭り」として知られているからである.この水かけ祭り,もともとは仏像や手足に水をかけてお清めをしたことが発祥らしいが,もはや今では無礼講,とにかく人に水をかけて楽しもうというお祭りになっている.

街に出かけてみると,水着にゴーグルの完全武装ですでにビショビショになっている子供たちが水鉄砲を抱えて走り回っている.子供が浮かれているのは見ていて微笑ましい限りだが,浮かれている大人もちらほら.

水かけ祭りに積極的に参加しようと意気込んでいる人々は,見ただけですぐにわかる.だいたいがアロハシャツに短パン,サンダルという出で立ちで,たいがい大きな水鉄砲を抱えている.一目瞭然,間違えようがない.顔にディンソーポンという白い粉を塗っている人もいる.

積極的な参加者は,欧米人の観光客に多いという印象を受けた.普段から欧米人観光客がたむろしている大通り沿い,あるいは,ソイをちょっと入ったところにあるバーは,大盛り上がりである.近隣の路上はもう水浸しでビショビショに濡れている.

通りに目を向けると,ピックアップトラックが路肩をゆっくりとこちらに向かってくる.ピックアップの荷台では,やはりバズーカ砲のような巨大な水鉄砲を抱えたソンクラーン戦士たちが,道ゆく獲物を狙ってはしゃいでいる.やばいって.

ところで,昨夜は会食の予定があったので,夕方にプロンポンからアソークまで,ひと駅歩いて向かった.道中,ソンクラーンでみんなはしゃいでいるなあと,高みの見物を決めていた.格好は,ポロシャツにチノパンと,いたって普通の姿をしていた.あたしゃ関係ないですよーとアピールしているつもりだった.

半分ほど来たあたりで,いきなり胸から下腹あたりに大量の水を浴びせかけられた.ホースでバシャバシャと遠慮がない.思わず「やめてーやめてー」と日本語で叫びながら逃げ回ってしまった.水をかけてきたのはビルの掃除係と思しきオバちゃんだった.オバは笑っている.くそー,不覚をとった!

思いがけずびしょ濡れになった.こうなるともう容赦ない.その後しばらくして後ろからバケツで水をかけられた.否も応もない.戦争ってこうやって民間人を犠牲にしていくんだなって思った.いやはや.

2026年4月7日火曜日

レッツゴー屋台(お気楽クルンテープ通信 No. 58)

プロンポンの駅前に,夜になるといつも人だかりができている屋台がある.駅の北東側,エレベーターを降りた目の前にあるソイ39の角だ.朝から昼までは弁当を売っている場所が,夜になるとムーピンの屋台になる.

ムーピンというのは豚串のことである.正確にいえばこの店は「ムーピンの屋台」ではないかもしれない.豚串だけでなく,鶏や海鮮,野菜の串焼きなども売っている.なんて呼ぶのが正しいんだろう?どの串も,ひと串,10バーツ.リーズナブルといえばリーズナブル,プロンポンの駅前でこの価格設定は良心的といえよう.

今日は,仕事を終えて,いつものようにアソークからスクンビット通りをプロンポンまで歩いて帰ってきた.いい感じに疲れている.そうだ,ムーピンの屋台でいくばくかの串を買って,ビアシンをキューっといきたいぞ.そう考えて,例の屋台に並んでみた.

この屋台のシステムは,並んでいるなかで好きな串を選んでカゴに入れ,焼いてもらうというものである.いざ,自分の番になってカゴをもらおうと「ワッディーカッ」と店を切り盛りしているオバちゃんに元気に挨拶したら「ワンナワー(one hour)」と無慈悲に告げられた.

聞いてみると,オーダーが溜まりすぎて順番に焼いているけど,早くても1時間,いや,1時間20分はかかる,という.ちょうど最も混んでいる時間に来てしまった.「本当に待つの?大丈夫?」などとのやり取りがあったが,いいじゃないの.待たいでか.時刻は19時15分.

なお,この店,接客と商品の陳列,焼き順のマネージメントなどをオバが一人で取り仕切り,焼きは若いおニイちゃんが担当するシステムらしい.

豚串3本,鶏,ささみ,ウィンナー,榎茸のベーコン巻き,オクラ,ブロッコリー,ヤングコーン,以上10本,100バーツを先払いして,順番待ちのチケットをもらう.

そこで,店のオバに「karai ok?」と尋ねられた.karai?なんだろう?少し間をおいて理解した.「辛い」か.日本語じゃないか.場所柄,日本人の客も多いのだろう.

唐辛子の瓶を見せられた.マイペンライ.辛いの歓迎,スパイシー,ウェルカムだ.「ペ・マクマーク・ナ」と応えた.ドカンと辛くしてくれや!という意味である.オバは目を丸くしていたが,ドンと来いである.

銭湯の洗い場にあるような小さな椅子に腰をかけて,ひたすら待った.この椅子,東南アジアでよく見かけるというか,ベトナムのビアホイと呼ばれるローカル居酒屋で道に張り出して出ているテーブルでよく見るやつとほぼ同じ.どこにでもあるなあという感じだ.

ふと横をみると,焼き待ちのキューが出来ている.焼かれる具材のカゴが順番に並べられているのだ.なにこれ,この人は肉ばかりだとか,なかなかバランスのとれたチョイスで好ましいとか,あるいは,野菜中心にオーダーしてる人もいるんだなあとか,見ているだけでも楽しい.自分のカゴを追いかけて,あとどのくらいかな?などと想像するのも面白い.

そうこうしつつ,スマホでちまちま遊びながら待っていたら,声をかけられた.焼けたよ,と.時刻は20時30分.ほぼ1時間20分経っている.オバの読みが正確で驚いた.

カップに入れられた焼きたてのほかほかしている串を持ち帰り,さっそく,自宅でビアシンをグビーっと.至福のひとときである.ごちそうさまでした.

ある日の風景(クルンテープ通信 No. 57)

今日はタイのちょっとした日常風景を二つ,紹介しよう.まずは次の写真を見ていただきたい.

この写真はうちのコンドミニアムの廊下である.斜向かいのお宅の玄関を写真に撮ったものだ.

タイも日本と同様,部屋の中では靴を脱ぐ習慣がある.問題は,脱いだ靴をどこに置くかである.

私は気ままな単身赴任,一人暮らしなので,通勤用の運動靴とサンダルしか使わない.フォーマルな革靴も持ってきていたが,使わないので一時帰国したときに持って帰ってしまった.そしてそれらは家の内側の,閉じた扉の脇に置いている.

しかし,タイの皆さんは脱いだ靴を扉の外に置きっぱなしにするのだ.誰かが持っていってしまうかも?なんていうことは一切考えない.一足のサンダルが置きっぱなしになっているのはよく見るが,今日は三足の靴が脱ぎ捨ててあった.お客さんかな?

共用の廊下なので,本来はこのように靴を脱ぎ捨てておくのはよくないと思うが,そこは気にしないらしい.マイペンライ.牧歌的で素晴らしい.

では,次の話題.

近所のスーパーマーケットで見かけた光景である.入り口の自動ドアを通ると,実に華やかな陳列が目に入った.よく見ると,水鉄砲が陳列されている.しかもかなり本格的なやつ.バズーカ砲を想起させる立派な水鉄砲だ(写真).

奥には濡れても問題なさそうなアロハシャツも売られている.はてさて?

少し考えて,ハッと,合点がいった.これ,ソンクラーンの準備だな.4月の13日から15日は,タイの旧正月,ソンクラーンだ.その期間は,水掛け祭りが行われる.

これまで,この時期にタイを訪れたことはあったはずだけれど,ソンクラーンの水掛け祭りはまだ未体験である.さすがにこの立派な水鉄砲を買うのは少し気が引けて買わなかったけれども,来週が楽しみだなあ.

2026年4月5日日曜日

バンコクの武蔵野線を行く(クルンテープ通信 No. 56)

バンコクには日本の飲食店チェーンが多数,出店している.メジャーなところでは,一風堂,CoCo壱番屋,焼肉ライク,すき家,かつ屋,大戸屋,やよい軒など.私が愛する松屋がないのがちょっと残念.

珍しいところでは8番ラーメンというチェーン店がある.このブログでも言及したことがあるが,バンコクに10店舗以上出店している北陸を中心に展開するラーメンチェーンである.いつかバンコク8番ラーメンの実力を探ってやろうと,虎視眈々とその機会を伺っていた.

今日は日曜日,お昼はラーメンの気分になり,そうか8番ラーメンに行ってみようと思い立った.せっかくだから,二度と行かなそうなところに行ってみよう.ネットで調べてみると,MRTイエローラインのバーンカピ駅近くにあるザ・モール・バーンカピに入っているらしい.よし,行ってみよう.

先に,イエローラインの位置付けについて少し説明しておきたい.このイエローラインは比較的新しい路線で,イミグレーションに行くときに使うピンクラインと同じ無人運転のモノレールである.MRTブルーラインのラットプラオから南下し,ぐるっと回ってまでBTSライトグリーンライン(スクンビット線)のサムローン駅を結ぶ.

東京でいえば武蔵野線のような位置付けで,郊外をぐるっと回る路線である.したがって,観光客が乗る機会はほとんどないだろう.実際,乗ってみると,乗客はほぼタイ人しかいない.ブルーラインやグリーンラインは市内中心部を走っているので,外国人観光客がたくさん乗っている.イエローラインはそれと対照的だ.市民の足である.

ラビットカードやクレジットカードで乗れるので,ローカル気分を味わいたければSRTより気軽に楽しめる.まあ,だからなんだという感じで,とくだんにオススメはしないけれど.

今日はサムローン駅から北上してみた.サムローンまで行き,そこで乗り換えである.日曜日の昼下がりなので乗客の数もさほど多くない.座れないことはないが,最前列に位置取って,前方の見晴らしがよいところに立ってみた.

サムローンを出発した列車は,ティッパワン,シーテーパー,シーダーン,シーベーリング,シーラサールと停車していく.駅の名前を見ていたら,やたらと「シーなんとか」という駅名が続くことに気付いた.

ライトグリーンラインのサムローン駅の隣はベーリング駅である.それに対してイエローラインの駅はシーベーリング.「シー」にどんな意味があるんだろう?横浜に対する新横浜みたいなもの?

チャッピーに訊いてみたら,「シー」というのは「高貴な,めでたい,栄光ある,尊い」という,縁起がよく格式の高いニュアンスを加える接頭語とのこと.新しく作った路線の駅名に,新なんとかとせず,尊い名前を付けるとは,気が利いている.そういえばシーロムもタイ語ではシー・ロムと書いてある.同じニュアンスなんだろうか.

さて,目指すは8番ラーメン,バーンカピで降車し,モールへ向かった.このモール,メガモールという感じで巨大すぎる.気分は,武蔵野線に乗ってイオンレイクタウンに行く感じだろうか.

8番ラーメンを探すのすら苦労した.3Fのレストランフロアに発見し,無事,目的達成.トムヤムクンラーメンと水で151バーツだった.リーズナブルなお値段である.味は,まあ,チェーン店なので,こんなもんだろう.

1Fの広場でイサーン地方か北部地方らしき屋台村イベントが催されていた.わーお.どの屋台も美味しそうな料理で溢れている.イサーン料理大好き.

豚料理の屋台が出ていて,1種類,100グラムで70バーツ,3種類だと200バーツというので,せっかくだから3種類の豚料理を買ってみた.料理の名前は,豚肉の唐揚げ,ムー・クローブ(写真奥)しかわからない.チャッピー頼みで申し訳ないが,帰ってきてチャッピーに教えてもらったところによると,ムー・パッ・プリックゲーン(写真手前左)とムー・トート・ガーリック(写真手前右)というものらしい.

帰りはラットプラオまで乗り,ブルーラインに乗り換えて帰宅した.帰宅後,買ってきた豚料理で一杯.ビアシンによく合う.いずれも美味しかった.ごちそうさまでした.

2026年4月4日土曜日

現代美術を嗜む(お気楽クルンテープ通信 No. 55)

自宅からちょっと歩いたところにあるDib Bangkokという美術館を訪れた.現代美術を収蔵している美術館で,東南アジアとしては他に類を見ない本格的なもの,という触れ込みらしい.

私は近現代美術が好きだ.印象派やルネッサンス以前の西洋美術,あるいは浮世絵など日本の古くからある美術も嫌いではないが,やはりポップカルチャーの明るさに惹かれる.キュビズムやシュールレアリズムも好きだと公言していたら,つい先日,卒業生から記念品としてマグリットの画集をいただいた.ありがとう.

ただし,現代美術,コンテンポラリーアートというやつは,ちょっとよくわからない.奇をてらったものが多く,どう理解せよと?と難解な印象が鼻につくこともある.素人ながら,新規性を求めるとこうならざるを得ないのか?という気もする.

さて,Dib Bangkokである.チケットは完全予約制.ネットで事前に購入する必要がある.一般タイ人は550バーツ,その他は700バーツ.外国人価格の設定としては,比較的,良心的かもしれない.

現代美術ということで,行こうかどうか迷っていたのだが,昨夜,酔っ払ってネットにアクセスしていたら,いつの間にか購入していた.あぶないあぶない.インターネット,飲んだらやるな,やるなら飲むな.

というわけで,10時のチケットを予約し,QRコードを取得していた.スマホに保存されたこのコード,当日の10時から11時までの入場が有効である.なお,訪問したのは土曜日の午前中だったが,人影は多くもなく少なくもなく,ほどよい加減で静かに鑑賞できていい感じだった.

Dib Bangkokはエカマイの駅から歩いて20分くらい.駅を出て南に歩く.ひたすら歩いて,ほどよく汗をかいたところで大きな建物が見えた.歩くのがおっくうな人はGrabなりタクシーなりを使えばよかろう.敷地に入ると,奥にインフォメーションがある.そこでチケットを見せると腕に紙テープを巻いてくれて,入場できるようになる.

展示は右手の奥から入る.入っていきなり,ちょうど胸くらいの高さで横に数メートルの長さにわたって壁が破壊されている展示がある.その前には,鎖で繋がれた金属バットが立てかけてあった.

はて,破壊の象徴?青春の蹉跌?十五の夜?尾崎豊?……などと訝しく眺めていると,キュレーターがつかつかと寄ってきて,「そのバットで壁を殴ってください.ただし1回だけ」と英語で説明してくれた.「1回だけ」という条件が面白いなあと思いつつ,フルスイング!

ドーンという大きな音がした.びっくり仰天.壁は少しだけ破壊され,破片が床に散らばった.驚いた,が,楽しいぞ,これ.こういう現代美術は大歓迎だ.わけわからんが,面白い.

美術館は3階建てになっていて,それぞれのフロアに十数点の展示がある.印象に残る面白いものもあれば,よくわからないものもある.十分な広さがあって,奇妙なものをなんでも作ってよいと言われて,こういうものを作れたら楽しいだろうなあというものもある.もちろん,それを作る技量と才能は素晴らしい.

テーブル一面に数百個のポジフィルムが並べられており,ときおりテーブルのバックライトが光ってそれぞれを鑑賞できるという仕掛けの展示があった.

よく見ると,日本の風景だったり,女性のヌード写真だったり.そのなかに,あれ?このオジさん,高橋源一郎では?と思しきものが紛れ込んでいた.壁の作品説明を見ると,Nobuyoshi Araki とある.なんだ,アラーキー(荒木経惟)の作品じゃん.高橋源一郎と交友関係があってもさもありなんである.

完全に蛇足だが,私も学生時代に新宿は靖国通りに面したDubというバーでアラーキーに遭遇したことがある.女性に囲まれて楽しそうに談笑されていたのがとても印象的だった.

話はDib Bangkokである.展示をゆっくり観てまわり,なんだかんだで1時間少々,楽しんだ.ちょっとしたお土産をもらえたのも楽しい.「タイムレコーダーで時刻を刻印した紙の枠から,好きな部分を切り取って写真がとれるよ」とキュレーターが説明してくれた.せっかくなので,時節柄,戦争反対のインスタレーション(It is Time t End the Forever War)を選んでみたが,どうだろう(写真).

全体の印象としては,作品のユニークさもさることながら,キュレーターの多さに驚いた.そして皆,iPadを手にして,暇つぶししている.ただし,彼ら彼女らも仕事はきちんとやっている.

多くの作品の手前には,「ここから先は近寄ってはならじ」との線を示すテープが床に貼られている.ところが,つい,その線を超えて観てしまうんだなあ.人間だもの.すると,すかさずキュレーターがやってきて,ダメダメダメーッと注意されるのである.静かな美術館なので笛こそ鳴らさないものの,この所作はいかにもタイだなあという感じがする.

皆さんも,Dib Bangkok訪問時には,床の線には十分にご注意を.

2026年3月30日月曜日

フォントの話と謎の文字(お気楽クルンテープ通信 No. 54)

こちらに来て5ヶ月が過ぎ,タイ語の学習もだいぶ進んだ.相変わらず会話はカタコトで,聞き取りはまだほぼ壊滅的だが,自作アプリの効果もあって,文字はひと通り読めるようになった.ただし,それはループフォントで書かれている場合に限る.

日本語でも明朝体とゴシック体があるように,タイ語にもセリフとサンセリフの代表的なフォントがある.セリフとは,文字の「飾り」のことで,ウロコとか,ヒゲとか呼ばれるもののことだ.サンセリフの「サン」はフランス語のSans(without)で,セリフのない書体を意味する.明朝体は飾りがあるのでセリフ,ゴシック体はないのでサンセリフに分類される.

タイ語の文字の場合,セリフのフォントを「ループフォント」,サンセリフのフォントを「ループレスフォント」と呼ぶらしい.KMITLの学生が教えてくれた.文字の中に「丸」(ループ)が入っているか否かで区別するとのこと.多くのタイ語の解説には「フォント・ミー・ファ」(セリフ),「フォント・マイミー・ファ」(サンセリフ)とも呼ぶともある.

その違いだが,この図をみれば一目瞭然だろう.上がループフォント,下がループレスフォントである.

あえて「似たような文字」を並べてみた.これ,全て違う文字で,8個の文字が並べてある.一番左のコーカイから始まって,ポーサムパオ,ドーチャダー,トーパタック……と続く.どうだろうか.ループフォントならまだしも,ループレスフォントになるとデザインが簡素化されていて,本当にビミョーな違いになる.

街中の看板は,ループレスフォントが使われていることが多い.ループレスフォントになると,慣れないタイ語初心者には,文字の識別がなかなか難しい.なお,手書き文字になるともう全くダメという話もあるが,それはちょっと置いておこう.

さて,文字に関する話題をもう一つ.

自作アプリ,「Iiolingo(イオリンゴ)」を使って44個の子音はきちんと覚えたし,母音もなんとなくだけれどもだいたい覚えた.これでバッチリ読めるようになったぞ,まあ,意味はわからんけど……と思いきや,習ってないよ!という文字がときどき出てくるのである.

まずは,これ「ๆ」.マイヤモックという文字らしい.これが出てきて,ハテ?子音表にも母音表にも出てこない,この文字は何かいな?と混乱した.

これは,繰り返しを表す記号とのことで,よく使われる(といっても口頭で,だけど),「เผ็ดมาก」(ぺ・マーク)は,「もっと辛く」という意味で,これが「เผ็ดมากๆ」(ぺ・マクマーク)になると「もっともっと辛く」になる.

タイ人はこの繰り返す表現をしばしば使うので,会話ではよく聞くパターンである.しかし,文字にして読んでいるわけではないので,この記号というか文字が出てきたときには,ハテナ?こりゃ何だろう?となったわけだ.

もう一つは,これ「」.マイヤモックと似ているが微妙に違う.これは,パイヤーンノーイという文字で,省略を表す.

最初に気付いたのはBTSに乗ろうとしたときのこと.サイアム方面からプロンポンに帰るときは,スクンビット線のケーハ方面行きに乗る.したがって,駅にある「ไปเคหะฯ」(ケーハ行き)というサインがあるほうのホームから乗ればよい.「ไป」(パイ)は行くという意味で,「เคหะฯ」(ケーハ)が終点の駅である.

ところが,文字を読めるようになった自分がこのタイ語をみたとき,どうしても文字が余ってしまうことに気付いた.すなわち,「เคหะ」だけで「ケーハ」と読めるのである.最後の文字,何だ?

というわけで調べてみたところ,それは省略を表す文字,パイヤーンノーイというものだと分かった.ケーハの後は,何かが省略されているらしい.そういえばクルンテープもタイ語では「กรุงเทพฯ」と書く.マハナコーン以下の省略が,最後の文字で示されている.

クルンテープ・マハナコーン(以下略)の正式名称は,日本に帰る前に暗記して覚えようと密かに考えている.正式名称を覚えるための歌もある.正式名称をひたすら繰り返すだけの歌だが妙に耳に残るので,自然と覚えられそうに思える.毎日それを聴いて覚えるようにしている.30年以上前に流行した歌らしいが,今でもタイの子供たちはその歌を聴いて覚えるのだとか.

2026年3月29日日曜日

三つの公園ハシゴ散歩(お気楽クルンテープ通信 No. 53)

バンコクの市内は木が多いイメージがあるが意外と大きな公園がたくさんあるわけでもない.北部のクルンテープ・アピワット駅やチャトゥチャック市場の近くに巨大なワチラベンチャタート公園がある他は,中心部にルンピニー公園とベンジャキティ公園があるのが目立つくらいである.

このルンピニー公園とベンジャキティ公園は1kmほど離れているのだが,その間を結ぶ「グリーンブリッジ」という遊歩道があるということを知った.せっかくなので,公園のハシゴと洒落込んでみようじゃないか.

今はもう暑季に入ってしまっているので,日中に出歩くのはやや辛い.そこで,日曜日の朝方,まだ暑くならないうちに歩いてみようと思い立った.

スタートはプロンポン駅近くのベンチャシリ公園から.ベンチャシリ公園は規模ほど大きくないものの,中心に大きな池があり,都心にありながら落ち着ける公園である.池端の林のなかで,皆さんがのんびりされているのを見るだけでも癒される.

今朝のベンチャシリ公園には大きなハートが置かれていた.素敵でしょ?

ベンチャシリ公園を北から南に抜けて,そのまま西に向かいたいところだが,バンコクの路地は東京のように網状になっていない.小川が集まって大きな川に至るような構造をしているため,そのまま西に向かっても突き当たりで終わってしまうからである.

朝なので時間はたっぷりある.少し回り道をして,スクンビット24通りを南下,ラーマ4通りの北側の路地をちょこちょこと抜けてクィーン・シリキット国際展示場側からベンジャキティ公園に向かった.

ベンジャキティ公園も,地図で見ると東側の大きな池のあるあたりだけが公園にみえるが,その西側に広がるベンジャキティ森林公園も繋がっているので,地図のイメージからすると3倍の大きさがある.

そしてランナーの多いこと!日曜日の朝だからということもあるだろうか.このクソ暑いのにわざわざ走らんでもと思うが.ちなみにプロンポンから歩いてきた私はこの時点ですでに汗だくである.

楽して爽快感を味わいたい皆さん向けに,無料の自転車貸出サービスがあるのは面白かった.イマドキなので,スマホでアプリをダウンロードしてQRコードにかざすとロックが解除されるという仕組みらしい.

自転車はママチャリ仕様だが,ハンドルにスマホを固定する台があり,ベンジャキティ公園のなかであればサイクリングを楽しめるようになっている.公園の出入り口にはガードマンがいるので,無理やり外に出ようとすると人力で止められるんだろうなあ.

さて,ベンジャキティ公園は南から北に通り抜ける.公園の北西の角にある出入り口がグリーンブリッジに接続しているので,そこからルンピニー公園に向かった.

ランナーが多かったベンジャキティ公園に比べると,ルンピニー公園にはそれほどランナーがおらず,典型的な「市民公園」という佇まいであった.ルンピニー公園にも池があり,スワンボートを楽しめる.

そういえばルンピニー公園でNetflixが実写版「ONE PIECE」シーズン2の配信記念イベントをしていたなと,最近のニュースを思い出したのは,池に浮かぶボートのいくつかがワンピース仕様になっていたり,池の真ん中に巨大なクジラの「ラブーン」が設置されていたりしたからだ.

イベント自体は3/15に終わっていたらしいが,その名残が随所にみられた.ていうか,イベント終わったのに撤去しないの?せっかく作ったんだから活用しようということか.いかにもタイらしい発想だなあ.マイペンライ.

ところで、今日も公園で可愛らしいリスを見かけた.都会の公園にリスがいるのは,世界的にみればあまり珍しい話でもない.ロンドンのハイドパークでも,ニューヨークのセントラルパークでも,リスがチョロチョロと走り回っているのを見かけたことがある.台北の二二八和平公園には馬鹿でかい台湾リスがたくさんいる.まあ,あれは,可愛らしいかというと疑問だが.

東京の公園にリスがいないのは何故だろうか.東京にも公園がたくさんあるが,リスを見かけることはない.せいぜい,地下鉄の駅でドブネズミを見かけるくらいか.いつぞや,深夜の渋谷で目の前をハクビシンらしき小動物が高速で横切っていったときはとても驚いたが,レアケースだろう.

さて,ルンピニー公園まで歩いてきて歩数は1万2千歩を超えた.さすがに疲れたのでBTS駅から電車に乗って帰ろう.お疲れ様でした.

2026年3月27日金曜日

水にまつわるお話・再び(お気楽クルンテープ通信 No. 52)

以前,水に関係する話を紹介した.今回もまた,水の話をしたい.

途上国の水道水は飲用に適していないという事実は広く知られているが,東南アジアも都市部では,飲める程度の水準まで,水道の浄水施設は進化している.ただし,水道管の整備に課題があるため,シンガポールなどごく一部を除けば,水道水をそのまま飲むのは避けたほうがよいとされている.ここバンコクも然り.

したがって,毎日,飲んだり煮炊きしたりするための水は,ミネラルウォーターのボトルをスーパーでまとめ買いして使っている.もっとも,料理はしないので,せいぜいコーヒーを沸かしたり,カップラーメンを食べたりというときに使うくらいだが.

湯沸かし器は,毎日,大活躍している.そのまま飲む水は炭酸水を買っているので,スティルウォーターは,ほぼ,沸かして使っている.

あるとき,湯を沸かしてカップに注ぎ終わった後の電気ポットを見て,底に残った湯のなかに,砂粒のような欠片が混じっているのに気付いた.皆さんはミネラルウォーターを沸かして飲んだことがおありだろうか?タイのミネラルウォーターに限らず,一般的に,ミネラルウォーターを沸かすと,結晶が析出するものらしい.

最初は何か汚れかと思い,気持ち悪かったが,もう,慣れた.

硬度にもより,ミネラル分の多い硬水を沸かすとそうなるのだそうだ.日本人が好む軟水では発生しないので,経験がない方も多いかもしれない.バンコクの水道水は硬度が高く,ローカルブランドのミネラルウォーターもまた,硬水ということらしい.

ところで,この砂粒のようなものの正体は何だろうか?乾かしてみると薄ベージュ色で,チャオプラヤ川の色にも似ている.浄化しきれなかった土壌が溶けてるんじゃないの?なんて意見もあり,それだとすると,あまり気持ちのよいものではない.

話は少し脱線するが,タイ人は衛生に関する意識は日本ほど高くないので,生活排水が流れ込んでいるチャオプラヤ川はあまり綺麗な河川とは言い難い.有り体にいえば汚い.そんな川にも関わらず,魚たちはたくましく生きている.

チャオプラヤ川河畔には,川床のように,水上に迫り出したテラスを持つレストランが存在する.そのようなレストランで食事をしていたときに,従業員が残飯をそのまま川に投げ捨てていた.日本の感覚だと,それはそれでいろいろ問題があろうかというところだが,こちらの流儀では,気にしない.マイペンライ.

するとどうだろう.水面が盛り上がったかと思うと,下から,大きな口を開けた,体長も50センチはあろうかという大きな魚たちがバシャバシャと集まってきたのだ.さながら池の鯉に餌をあげたときのような感じを想像してもらえれば,当たらずといえども遠からじといったところである.

もう一つ,川にまつわるちょっとした話を続けよう.もっと小さな市内のドブ川である.列車に乗って郊外に遠足に出たときのこと,車窓から市街の様子を眺めていたら,線路と並行して流れていたドブ川に,ワニがいたのだ.そう,バンコクのドブ川には,ワニがいる.

体の大きさは1メートルそこそこといった小型のワニだが,野生のワニである.アッと気付いたときにはもうその場所を通り過ぎてしまい,写真に収めることはできなかった.しかし,驚いた.

あとで調べてみたら,バンコク市内の川には小さな川でもワニがいて危険なので水遊びはしないようにとのこと.もっとも,そもそも水が汚いので水遊びをしたくはならない.

さて,話をミネラルウォーターから析出した「何か」に戻そう.この結晶,酢やレモン汁をかけて泡が出て溶けるなら炭酸カルシウム(CaCO3),変化が無ければケイ酸塩か砂の微小粒子の可能性があるとの情報を知人から教えてもらった.実験だ.

たまたま,マナオを一つ,手に入れた.マナオとはライムの一種で,タイで流通している果物である.タイ料理には欠かせないが,これもまた日本に輸出されていない果物の一種だ.見た目はスダチやユズといった感じの柑橘系である.

タイの焼酎であるラオカオを炭酸で割って絞ったマナオを入れて飲むと,これがたいへん美味しいのだが.それはまた別の話.

集めた欠片に絞ったマナオ果汁を垂らしてみた.はたして,確かに泡が出て少しずつ溶けていくじゃないか(写真).ということで,あやしい結晶の正体は炭酸カルシウムと判明した.科学の実験は楽しいね.

2026年3月14日土曜日

アートの街を歩く(お気楽クルンテープ通信 No. 51)

土曜日の昼下がり,仕事がひと段落したので,昼食をとるべく,かねてより行ってみようと考えていたプロンポン駅前のカオマンガイ屋に行き,カオマンガイをいただいた.70バーツ,およそ350円である.味はもう,不味かろうはずがない.チキンスープは絶妙な味,そのスープで炊いたご飯も旨い.

食後,なんとなしに,チャイナタウンとソンワット通り(Song Wat Rd)を散歩してみようと思い立った.ソンワット通りは,ストリートアートで有名なエリアである.アソーク,MRTのスクンビット駅まで歩き,そこから地下鉄に乗る.地下鉄で西方面に七つめ,ワットマンコン駅まで移動した.

ワットマンコン駅では3番出口から外に出よう.ネットで調べると「チャイナタウンに行くには1番出口がいい」と書かれているが,3番出口に出て通りを渡り,そのまま正面のソイ・チャロンクルン16の雑踏に入っていくほうが面白くてオススメである.

幅はせいぜい2〜3メートルほどだろうか,車は通れそうもない路地には両側の店舗が迫っていて迫力がある.中華街なので中華食材が目立つ.見たこともない食材もあり楽しい.

ソイは,多少広めの通り,ヤワラート通りに突き当たる.通りを超えて,さらに進もう.付き辺り(細い路地は続くが,商店街は右に折れる)を右に折れると,土産屋やファンシーな雑貨店が目立つようになる.ここでしか買えそうもないものもあり,時間をかけてお土産を物色するのも楽しそうだ.

さらに,ラチャウォン通りに出たら,左折してチャオプラヤ川方面に向かおう.少し歩くと,ソンワット通りの西端に到着する.

ソンワット通りを東に向かって歩いてみた.ソンワット通りからその東にあるタラートノーイと呼ばれるエリアは,バンコク屈指のアートの街と言われている.ストリートアート,壁画があったり,ギャラリーやオシャレなカフェも点在したりしている.

ちょっとしたインスタレーションというか,オブジェがポツンと置かれていたり,インタラクティブな仕掛けが用意されていたり,そぞろ歩くだけで,なかなか楽しい.

半球状の鏡が設置されていて,そこで超広角の自撮り写真を撮ることができるような仕掛けには,観光客と思しきオバチャンたちが群がっていた.実に微笑ましい.

さらに,自撮り写真が埋め込まれた新聞紙面ふうのプリントを出力してくれる機械もあった.遠目に眺めていたら,最初に新聞記事のテンプレートを選び,写真を撮影すると,プリントアウトしてくれるらしい.いくばくかの料金が要るようではあったが,よく考えられたサービスだなと感心した.

有名な壁画もいくつかチェックした.有名無名にかかわらず,雑多なストリートアートがそこかしこにあって,とても楽しい.インスタ映えするのか,写真を撮り合っている観光客がたくさんいて楽しんでいたようだ.

気付いたら1万歩以上,歩いていた.さすがに疲れたので,バンブルビーとオプティマスのオブジェをチェックしてから帰宅した.自宅で飲んだビア・シンの美味かったこと!

2026年3月12日木曜日

南国はフルーツ天国(お気楽クルンテープ通信 No. 50)

「タイは意外とパイナップルが美味しいんですよ」と教えてくださったのはバンコク白門会のMさんである.パイナップルといえばフィリピンというイメージがあるが,タイのパイナップルも美味しい.スーパーのカットフルーツコーナーでパイナップルが出ていたときに,試しに買ってみたら確かに美味しかった.

タイのパイナップルは酸味と甘味のバランスが素晴らしい.タイの人は甘いばかりの果物よりは,少々,酸味がある味を喜ぶらしい.その味覚には共感する.私もどちらかというと酸味の強いほうがよい.レモンを丸齧りすることもある.

それ以来,スーパーのカットフルーツコーナーでパイナップルが出ているときは,しばしば購入して食べるようになった.単身生活ゆえに,日頃,ろくな食事事情ではないこともあり,少しでもビタミンを補給したほうがよさそうだとの気持ちもある.

南国だからか,パイナップル以外も,美味しい果物は豊富で,いろいろな種類がある.日本ではマンゴーは高級フルーツだが,こちらでは比較的安価に食べられる.

カオニャオマムアンというデザートも有名である.英語ではマンゴー・スティッキーライスという.カオニャオは餅米,マムアンはマンゴーのことである.マンゴーと餅米を一緒に食べるというデザートである.あろうことか練乳をかけてさらに甘くして食べる.私はちょっと苦手なのでいつも遠慮しているが,好きな人は好きらしい.

私は,あまり甘い味を好まないこともあり,ドラゴンフルーツをたまに食べることがある.ドラゴンフルーツは日本でもそれなりに馴染みのある南国フルーツではなかろうか.白い果肉のものと赤い果肉のものがあり,どちらもシャリシャリした食感でさっぱりしている.

ベトナムはホーチミンの郊外に,ドラゴンフルーツ栽培を主要産業としているファンティエットという街がある.ムイネーという街に行ったときにその町を通りかかり,バスの車窓からドラゴンフルーツ畑がひたすら続く光景を眺めたことがあった.ファンティエットの街にあったロータリーの中心に巨大なドラゴンフルーツのモニュメントが設置されていたのがたいへん印象に残っている.

他にも,スイカやメロン,パパイヤ,バナナなど,定番の果物は常に売られている.ライチやマンゴスチンなど南国ならではの果物もあるし,意外といちごやりんごといった南国っぽくない果物も,さほど高い値段ではなく比較的手軽に買えるのはありがたい.

ところで,マヨンチットという果物をご存知だろうか.日本ではほぼ流通していないと思われる.知らない人も多いことだろう.私もバンコクに来て初めて知った.

見た目はビワに近い.最初にスーパーで見かけたときには,ああ,こちらでもビワがあるんだと思ったものである.しかし,ビワとは全く異なる種類らしい.それなりに高級なフルーツ扱いされているらしく,「カットフルーツで見つけたら,即,買え」と書いてあるネットの記事も見かけた.

というわけで,スーパーでカットフルーツとして販売されていたマヨンチットを見つけたので,買ってきたのだ(写真).

ちょっと量が多かったので,3回に分けて,食べた.たしかに美味しい.甘いなか酸味もしっかりしていて,私の好きな味に近い.アンズとマンゴーを足して2で割ったような感じで,ややアンズ寄りか.人によっては桃みたいな味と感じるかもしれない.いずれにしても,爽やかな味で,とても美味しい.

このマヨンチット,出回る時期は2月から4月だそうで,まさに今が旬らしい.しかも,その時期しかないらしいので,この時期にバンコクを訪れる機会があれば,ぜひ,食べてみてはいかがだろうか.

いろいろ調べてみたところ,マヨンチットにそっくりなフルーツでマプラーンというものもあるらしく,そちらはマヨンチットより少し大きめで酸味がほぼないとのこと.マヨンチットのほうが多少,高級扱いされているとのことだが味は好みの問題かもしれない.

また,バンコクに滞在している邦人マダムの間で,この時期にマヨンチットを使ったデザートの食べ歩きも流行っているんだそうで,「マヨ活」と呼ぶんだとか.まったく,なんでも〇〇活って言えばいいもんじゃなかろうと,喝を入れたくなる話.マヨラーに怒られるよ?

2026年3月11日水曜日

魅惑のMBKセンター(お気楽クルンテープ通信 No. 49)

FOSSAsiaに参加されたIさんの発案で電脳街ツアーが計画され,Iさん,Mさん,私の3人は翌日の昼に集合し,バンコクの街をそぞろ歩くことになった.ところで電脳街ってどこよ?と聞いてみると,MBKセンターだという.ああ,MBKセンターか.まあ,バンコクに来たからには一度は訪れてみる価値がある場所かもしれない.私も何度か足を運んでいる.今回は久しぶりの訪問である.

MBKセンター,正式にはMa Boon Khrongショッピングセンターというらしい……は,バンコクの中心地,サイアムのショッピングエリアにある.最寄り駅はナショナルスタジアムだが,BTSの結節点となっているサイアム駅からも歩ける距離にある.まさにバンコクの中心にある代表的なショッピングモールである.

MBKセンターではあらゆるものが売られており,なんでも揃う総合ショッピングセンターである.表向きは.

そして,その4階が電脳街となっている.ワンフロア全て,ITガジェットがところ狭しと並べられていて,怪しげな物品もちらほら.そう,一事が万事,怪しげなのである.

実は,数日前にネットニュースでMBKセンターの名前を見ていた.「コピー商品の巣窟『MBKセンター』米国がタイで唯一認定!」という記事である.曰く,米国通商代表部が,2025年版の知的財産権を侵害する「悪名高いマーケットのリスト」を公開し,そのなかにMBKセンターが名指しされていたとのこと.そう,ひとたびMBKセンターに足を踏み入れると,紛い物を売りつけようという売り子の皆さんが,次から次へと声をかけてくるのだ.

「スーパー偽物あるよ!」

なんだそれ.すごいキャッチコピーじゃないか.「偽物」というキーワードに罪悪感のかけらもないところが,いかにもである.

「秘密の部屋に来て!」

摘発から逃れるために,店の奥に秘密の部屋があるらしい.場慣れしているIさんは大丈夫だというが,そんなところに連れて行かれたら何を買わされるかわからない.

ルイヴィトンのモノグラム柄をまとったナイキのエアーがあった.ちょっと欲しいかもと思ってしまったが,そんなもん履いてたらすぐにバレて,速攻でボッシュートだろう.

名刺サイズのiPhoneがあった.彼らによれば「新型ネ!」ということらしい.Iさんの解説によれば,中身はAndroidとのこと.実際に,ちゃんと動作するのである.「タウライ?」(いくら?)と聞いてみたら,1,500バーツという.別の店では同じものを1,400バーツと答えた.1,000バーツくらいまでは値切れそうな感じである.買わないけど.

MBKセンターの面白いところは,紛い物,コピー商品を売る店と,正規品を売る店が同じフロアに混在していることだ.まさにカオス.正規品の販売店でちゃんとしたものを売っている人たちは,コピー商品の販売店をどう思っているんだろう.気にしてないんだろうか.まさにタイ,マイペンライである.

ひととおり見物した我々は,6階のフードコートでお昼を食べて,解散した.写真は,オムレツ載せごはんとレッドカレーのスープ.辛めの味付けで,美味しくいただいた.紛い物はびこるMBKセンターといえども,フードコートで食べられる様々な料理は,紛い物ではないのでご安心を.

2026年3月10日火曜日

ところ変われば(お気楽クルンテープ通信 No. 48)

ここ数日は,忙しかった1ヶ月に引き続き中東で起こった戦争の影響を受けてあわや欧州から帰れなくなったかとの思いがけない出来事があり,いったいどうしたものかと精神的にはだいぶ痛めつけられていた.それも終わり,なんとかタイに戻ってきて日常生活を取り戻せたかというところだが,実はまだなんとなく忙しくしていて,ここ数日は,プラカノーンのトゥルーデジタルパークで開催されているFOSSAsiaというイベントにずっと詰めている.

ただし,初日の朝イチで自分の講演を終えてしまったので,実に気楽である.自分の出番,初日の2番目にメイン会場での発表ということもあり,200名ちかい聴衆がいて気分がよかった.共感する声をSNSに投稿してくださった参加者もおり,参加した甲斐があった.

また,他のセッションでの発表を聴いていると,新たな発見もあり,勉強になる.さらには,何人かの方々とは質問したりコメントしたりしてネットワーキングにも勤しんだ.もちろん,旧知の皆さんとの交流を深めることも重要である.いずれにしても,忙しくしてはいる一方で,実りの多いイベントになった.こういうことはいくら忙しくても歓迎したい.

そして,そうこうしているうちに,風邪っぴきで鼻がぐずぐずしていたのも,ほぼ治ってしまった.病は気からとはよく言ったものだ.

「所変われば品変わる」という言葉がある.これも,昔の人はよく言ったものだと感心する.世界中どこにでもあるマクドナルドのチェーン店,もちろん,タイにもたくさん存在する.そして,ここ,タイのマクドナルドでは,ご飯もののメニューがある(写真).ハンバーガーチェーンのくせに.

写真のメニューは,チキン・クラパオのバリューセット.99バーツである.以前,説明したように,クラパオというのはバジル炒めのことで,チキンのミートボールがバジルとともに痛められていてテリヤキソースふうの甘辛い味付けがなされている.また,食事のときにコーラなど飲む習慣がないので,食後にホットコーヒーを選んだ.

さらに,ポテトはご飯に合わないのではと思ったが,これは選択肢が他にないので致し方ない.ポテトをやっつけてから,チキン・クラパオをいただいた.味は,ジャンクな味だが,悪くはない.ただし,世界的チェーン店といえどさすがにタイの店であり,けっこう辛いので要注意.辛い料理を好む私にはちょうどよい.

そもそもマクドナルドやKFCのように,世界中どこに行っても店があるようなグローバルチェーン店には,普段,私はあまり入らない.今回は,駅の広告で「おや?タイのマクドナルドにはご飯もののセットがあるんだ」という発見をして,試しに来てみたというわけ.

マクドナルドといえば,過去,一度だけ,どうしても行ってみたくて訪れたことがある.それは,インドに出張したときのことだ.

インドはヒンズー教徒が多いので,牛肉は食べない.ヒンズー教では,牛は神様の乗り物として崇拝されている.デリーに出張したときに,野良牛が街中を闊歩していたのには驚いた.さらに,豚も不潔な動物として忌避されているので,豚肉も食べない.

それらを知っていたから,そんな社会にハンバーガーチェーンのマクドナルドがどうして出店しているの?そこでは何を売っているの?と,私は興味津々だったのである.

百聞は一見にしかず,訪れてみたら私の疑問は氷解した.インドのマクドナルドでは,ビッグマックの代わりになるフラッグシップメニューとして,マハラジャマックなるメニューが売られていた.それは,豪華なチキンバーガーだった.

話をタイのマクドナルドに戻そう.もう一つ,ちょっとだけ驚いたことがある.マクドナルドに限らずファストフード店の世界的な傾向として,キオスク端末を利用したセルフ注文システムがある.今回もそれを利用した.トゥルーデジタルパーク店という場所柄か英語バージョンが標準になっていて,サクサクと注文は進んだ.

99バーツのセットを注文したのだが,最後に,子供たちの育成に寄付しないか?という画面が出てきた.1バーツの寄付がデフォルトになっている.「Not today」という選択肢もあったので,寄付しないことも選べる.まあ,ケチくさいと思われるのもなんとなく癪だと思ったし,キリがよくなるかなと,そのまま先に進み,100バーツの会計をした.

驚いたのは,そのことではなくて,会計を終えたときのこと.

最後に,会計方法を選べる.日本でも,クレジットカードやら,QRコード決済やら,交通系ICカードを含むプリペイドカード決済やら,いろいろ選べるだろう.それと同じだ.

クレジットカード決済のつもりでいたのだが,ラビットカードでも支払えるというボタンが表示されていた.ラビットカードはBTSで使える交通系カードである.たまたま,手持ちのラビットカードにそこそこのバーツが積まれていたことを思い出し,ラビットカードで支払ってみた.

するとどうだろう.出てきたレシートをよくみたら,1割引になっていたのである.100バーツのつもりが,90バーツで会計されていた.思いがけず,なんか得した気分になった.他にもこの手の割引サービスがあるに違いない.タイに遊びに来る皆さんは,ラビットカードを1枚,作っておくとよいかもね.

2026年3月3日火曜日

続々・バンコクに帰れなくなった件(お気楽クルンテープ通信 No. 47)

困り果てたK先生と私,「とにかくいったん座って作戦会議だ,落ち着こう」と,ベンチを探し,なんとか空いている席を見つけた.空港の公衆Wifiに接続し,帰れる便を探すべく,あちこちの航空会社を検索しまくった.

チケットカウンターに行き,そこで大枚叩いて正規運賃で航空券を購入すれば,最も早く帰れるのだろう.しかし,けっこうな金額になるし,補償のアテもないところでそのリスクを犯すのは,いささか抵抗がある.さらに,この時点ですでに夕方になっていたので,今日中に帰る便には乗れそうもない.調べていくと,二日後に出る便であれば比較的安いチケットを手配できそうだということがわかった.

そのなかで,明日,出発する便で,バンコク行きではなく,東京行きのチケットであれば,それなりにリーズナブルな価格で買えそうなものを見つけた.スイス航空とキャセイパシフィック航空の組み合わせで,アテネ→チューリッヒ→香港→東京という旅程である.

バンコクに戻らないと精算がややこしいことになりそうだなと,若干の躊躇はあったが背に腹はかえられぬ.即決で予約し購入.これで,なんとか足は確保できた.

これで帰れるよと横にいたK先生に伝えたら,残念なことに彼はそのチケットを購入できなかった.タイミングの問題だったのだろうか.それともメンバーシップのステータスの問題かもしれない.持っててよかったJGC.

次は宿探しである.思えば,昔,ヨーロッパ3週間の放浪旅をしたときも,次の街に移動してからインフォメーションでその日の宿を決めていたなあ……などと感慨に耽る暇はなく,イマドキなのでやはりホテルもネットで検索する.

アテネに来る予定はなかったので,まず,街そのものがわからない.調べてみると,シンタグマ広場という場所が中心地らしく,交通の便もよい.したがってそこを中心にホテルを探し,そこそこの価格のホテルを1泊,予約した.これで,宿も確保できた.

隣のK先生も,苦労の末,なんとか,日本への便と宿を手配できたようだった.ただし,彼はアテネに2泊しなければならず,LCCの組み合わせでフランクフルトからウランバートル経由というなかなかチャレンジングな便を予約していた.

あとで聞いたところによれば,エミレーツで代替便を手配したS先生は,5日までアテネに逗留することになったそうだ.この文章を書いている時点で,彼はまだアテネにいる.ご苦労様なことである.アテネに2泊したK先生も,空白の1日でパルテノン見物などを楽しまれたようだ.呑気な写真が送られてきた.

日本へ戻るチケットと宿を確保した我々は,とにかくホテルで休もうと,空港隣接の鉄道駅に向かった.ところが,また,ここで問題が発生,2月28日は,2023年に発生した鉄道事故の対応に対するデモがギリシャ各地で行われており,鉄道もストライキしていたのである.

ストライキの話は前日に聞いて知っていた.しかし,我々には関係ないものとばかり思っていた.まさかここでとばっちりを受けるなどとは夢にも思わない.まったくもう,一難さってまた一難である.

しかし,シンタグマ広場に宿をとった我々の嗅覚は確かだった.X95番のバスに1時間揺られれば広場まで連れて行ってくれるとの情報を得て,無事,バスで市内まで行けたのである.さらに,このバス,24時間運行という心強さ.翌日は7時5分発という極めて早朝の便にも関わらず,夜中のバスに乗って空港まで戻ってこられた.めでたしめでたし.

そんな経緯で,チューリッヒ,香港と経由して,いま,東京に戻ってきている.予定はだいぶ変更されたが,無事に戻ってこられてよかった.明日の講演の準備をしなければ.

思いがけずアテネに1泊したので,夜はギリシャ料理も堪能できた.写真はミートボール(左)とムザーカ(右).注文したときに,ミートボールの付け合わせを「ポテトにする?それともライスにする?」と尋ねられ,米飯に飢えているとのK先生のリクエストでライスを選んだら,これが格段に旨かった.自分も無意識のうちに米を欲していたのかも.アジアの血は揺るぎませんなあ.

また,トルコにも近いので,ケバブのような料理も有名だということも知った.人間万事塞翁が馬,禍福は糾える縄の如し.昔のひとは,なかなかいいことを言うものだ.

続・バンコクに帰れなくなった件(お気楽クルンテープ通信 No. 46)

乗り継ぎ便がキャンセルされた可哀想な子羊ちゃんたち3名を乗せたエーゲ航空335便は,滑るようにアテネ空港に着陸した.ここから,我々の悪戦苦闘ぶりをできるだけ詳しく記録すべく努力する.似たような状況に巻き込まれたときは,ぜひ,参考にしていただきたい.

まず,気になったのは,預けた荷物である.次の便がキャンセルになったのだから,預けた荷物の行き先が気になるところだろう.バゲージクレームまで進み,歩いていた係員を捕まえて「次の便キャンセルやねんけど,荷物はどうなるん?」と聞いてみた(注:拙い英語で質問している様子を拙い関西弁で表現しています).

すると,「まあ,通常は出てくるけど,バゲージクレームのカウンターで聞いてみ?」とのこと.そこで,いくらかすでに列が出来ていたカウンターに並び,「どうすればええねん?」と尋ねてみた.

担当のオバちゃん曰く,「ドーハ行きのあんたらは7番ベルトから出すから待っとき.ドバイ行きの君は付いてきて.フォローミー」と,なかなか素敵な対応であった.ドバイ行きのS先生とはここでサヨナラである.

7番ベルト前でしばらく待っていると,はたして,我々の荷物が流れてきた.これで,とりあえず預け荷物問題は解決した.ぼーっと待っていただけでは荷物が出てくることはなかったわけで,コミュニケーションの大切さを実感する.

次は,代替便の手配である.思えば,初めて海外旅行をしたときに,ローマから出る帰りの便がストライキで3時間遅延し,どこで乗り継ぎだったか忘れたが日本行きの乗り継ぎに間に合わないということがあった.

そのときは,地元に住んでいるという日本人のお姉さんが助けてくれて,イタリア語で窓口と交渉してくれたのである.急遽構成された日本人団体様十数名御一行は,アリタリア航空が手配してくれたホテルに送られ,翌日の便で無事に日本に戻ってこられた.そのときの話も面白い話があるが,今回とは全く関係ないので割愛する.

その経験を活かして,とにかく交渉だ,今回は自分でなんとかするぞぅ!と意気込んではみたものの,どこに行けばよいのか,まず,それがわからない.

とにかく乗り換えカウンターかチェックインカウンターか,出発ロビーに行くべきだろうと上の階に上がってみる.インフォメーションがあったので,カタール航空のカウンターはないか?と聞いてみたら,カタール航空のサービスカウンターが向こうにあるからあっちに行けとの回答を得た.

向かってみると,たしかに,ポツンと一つ.カタール航空のマークが出ているカウンターがある.しかし,客が列をなしているかと思えばそうでもない.どういうことだろう?

その答えはすぐにわかった.カタール航空サービスカウンターのおネエさん,とにかく塩対応なのである.

「ドーハ行きの便がキャンセルになった.バンコクに帰りたい.どうしてくれる?補償は?」などと粘ってみるも,「ここでは何もできない.メールが来るからそれで対応しろ」の一点張りなのだ.「荷物ピックアップした?」とは聞かれたので,そのあたりのケアはしてくれるらしい.しかし,その問題について,我々はすでに自力で解決済みである.

いやはや困った.埒があかない.これはいよいよ自力でなんとかしなければないのか?我々の運命やいかに?

写真はハニア空港にあった観光案内のインスタレーション.私も持っているキネクト互換品のセンサーが設置されていて,ジェスチャー操作でコントロールできるようになっている.が,とにかく使いづらいことこのうえないし,操作していると疲れる.とにかくジェスチャーコントロールみたいなことをやってみたかったんだろうな.担当者の気持ちはよくわかる,でもなあ……という案件.

続きます.

バンコクに帰れなくなった件(お気楽クルンテープ通信 No. 45)

今回は少し番外編という気もするけれど,記録のために顛末をしたためておこう.いまこの文章を書いているのは東京の自宅である.一時帰国する予定はなかったのだが図らずもいったん日本に戻ることになってしまった.

本来は3月1日の日曜日にバンコクに戻るはずだったが,3日のいま,東京にいる.明日の講演会にバンコクからオンライン登壇で参加する予定だったところを,急遽,現場でのリアル参加に切り替えた.その仕事を終えてから,バンコクに戻る予定である.

なぜそんなことになってしまったのか.ことの経緯はこうだ.

2月25日から27日まで,ギリシャはクレタ島のハニアで開催された国際会議EIDWT 2026で研究成果の報告をする予定があり,24日にバンコクを出発した.安めの便を選んだので,ドーハ経由の深夜便でアテネまで飛び,そこからハニアに渡るという強行軍ではあったが,行きは無事に移動できた.

国際会議は順調に行われ,自分の発表もつつがなく終了,座長を担当したセッションではオンライン発表2件がノーショウというアクシデントに見舞われつつも,少し早めに終わらせた以外は問題なく進められた.基調講演や他のセッションでも前向きに質問をしたし,レセプションやバンケットでは人的ネットワークの構築にも勤しんだ.それなりの金額を支払って参加しているのだから,チャンスは積極的に利用すべきだ.

さらに,会議の様子が地元の新聞で報じられ,そこに掲載された写真にデカデカと映り込んでしまうなどの微笑ましい出来事もあり(写真),27日までの予定は無事に終了した.

帰りの行程は比較的余裕をもって取っていたので,28日,ちょうど正午前後にハニア空港でチェックイン,スーツケースを預け,午後の便でハニアからアテネに飛ぼうとした.事件が起きたのは,そのアテネ行きの便を搭乗ゲート前でボーッと待っていたときだ.

事件とはなにか.米軍・イスラエル軍のイラン攻撃である.

アテネ行きの便を待っている間,メールをチェックしたら,カタール航空からメッセージが届いていた.曰く,「Flights have been temporarily paused due to the closure of Qatar's airspace.」(カタールの空域が閉じられたためフライトは一時的に停止しています)とのこと.空域が閉じられたので停止?どういうこと?

そのうちに,カタール航空のアプリ経由で,ドーハ行きの便がキャンセルされたことを知った.米国とイスラエルがイランを空爆したニュースも入ってきた.まったく,余計なことをしてくれたもんだ.迷惑千万である.

同じ会議に参加していた関係者で,被害を受けたのは自分を入れて3名.同じカタール航空便でドーハに向かうK先生と私,および,エミレーツ便でドバイに向かうS先生である.ドーハ便が欠航になっただけでなく,ドバイ発着の飛行機も軒並みキャンセルになっているらしい.

とりあえずアテネまでは行けるので,そこで考えようと,皆は飛行機に乗り込んだ.

余計なことをしでかしてくれた米国,イスラエルのとばっちりを受けた3名の運命やいかに?我々は家に帰れるのか?はてさてどうなる?(続く)

2026年2月24日火曜日

続々・パタパタ市場に行ってみた(お気楽クルンテープ通信 No. 44)

韓国人観光客に囲まれつつ,列車はいよいよメークローン駅に近づいてきた.

韓国語を話すタイ人ガイドが「いよいよですよ」と説明する.メークローン駅手前のエリアが,メークローン鉄道市場である.大きな踏切が二つあり,手前の踏切あたりから,列車は観光客に囲まれるなかを緩やかに進んでいく(写真).

これでよく事故が起こらないものだと感心するが,列車はとてもゆっくり進むし,係員が何人もいて監視しているので問題ないのだろう.

さて,我々がスーパーヒーローたる所以である.とにかく周囲の観光客が手を降ってくる.こちらも手を振り返す.なんというか,レッドカーペットを歩くセレブになった気分を味わえる.窓から顔を出して手を降っていたら,欧米人観光客と思しきオッサンがバナナを一本,こちらに向けてきた.なんとなく受け取ってしまったが,こちらをサル扱いしてきたのか?

まあ,そんな感じで特別な体験を味わえるので,一度は訪れてみる価値はあるだろう.進行方向に向かって窓側の席を確保すると,より楽しい.メークローン駅の手前あたりから,途中駅から乗車してくる観光客で車内はだいぶ混雑するので,やはり,メークローン線始発のバンレームから乗り込むとよい.

終着駅,メークローンに到着し,列車を降りた.少し引き返す感じで市場に向かうが,とにかく観光客でごった返している.観光客で溢れていて市場自体を楽しむ余裕があまりないのが,多少,残念ではある.

11:10に到着した列車は,11:30メークローン発の列車としてバンレームに向かい引き返す.したがって,その前に市場をそぞろ歩いていれば,パタパタとひさしをたたむ光景も観察できる.

メークローン駅を出発した列車は,我々の目の前をゆっくりと進んでいった.今度は先ほどと逆で,我々が車内にいるスーパーヒーローたちに手を振る番だ.

列車が通過すると,市場の人たちは,また,パタパタとひさしを広げる.もう,パタパタ市場を十分に堪能した.線路脇までギリギリのところに商品を並べているのも面白い.線路自体が通路になっているのは,まあ,すでに慣れているとはいえ,日本では考えられない話であり観光客にとってはそれも興味深いだろう.

次の列車は15:30の最終列車だが,それまで待つのも長いし,バンレームからマハーチャイでの乗り換えも面倒くさい.帰りはエアコン完備のバスで快適に帰ろうと,バスターミナルに来た.メークローン駅から南に2ブロック行ったあたりに,バスターミナルがある.

チケット売り場でエッカマイ行きのチケットを買うとオババが「ベンチに座って待ってろ」という.ところがどのバスに乗ればよいのかよく分からない.バスにクルンテープ行きと書いてあるのは分かったので,そのバスに乗り込んではみたものの,車掌がチケットを集めにくると皆さん黄色い札を出している.手元をみると自分のは紫.案の定「このバスじゃない」と言われ.バスを追い出された.

幸い,隣に停まっていたバスがエッカマイ方面行きだった.バスを乗り換え,バスに揺られることやはり2時間弱で,バンコク市内まで戻ってきた.帰りのバス代は100バーツ.鉄道利用よりは高いが,行きの料金にウォンウェイヤイまでのBTS料金を加えたらあまり差はない.快適さを考えれば,行きは列車を堪能し,帰りはバスで戻るという旅程がオススメである.

続・パタパタ市場に行ってみた(お気楽クルンテープ通信 No. 43)

パタパタ市場へ向かう列車,いや,途中駅のマハーチャイに向かう列車は,ウォンウェンヤイを出て快調に西へ進んでいく.街中に,もう,列車が通れるギリギリの空間に線路が引かれているものだから,列車は伸び放題の木々を掠めていくわ,窓から家庭の居間が手に取るように見えてしまうわ,なかなかエキサイティングな列車である.ローカル感をたっぷりと味わえる.

ウォンウェンヤイからマハーチャイまでの運賃は,僅か10バーツ.さらにマハーチャイからバンレームに渡る渡船が3バーツで,バンレームからメークローンまでも10バーツである.締めて23バーツなり.たっぷり2時間以上かかる旅程なのに,激安価格である.なお,ウォンウェンヤイで列車に乗ったときは飛び乗ったので切符を買えなかったのだが,列車のなかで車掌に金を払えばよい.タイ国鉄のプロトコルはもう完全に理解した.

多くのガイド記事では電車と書かれているが,当然ながら電化はされておらず,正確にいえば気動車である.ディーゼルのブルブルという音を聞きながら1時間ほど揺られていくと,列車はマハーチャイに到着した.

マハーチャイ駅の周辺もまた面白い.駅はマハーチャイ市場に隣接しており,渡船乗り場に行くには市場のなかを抜けていくことになる.マハーチャイはチン川河口にほど近い街であり,マハーチャイ市場は海鮮市場として有名らしい.多くの人々がバンコクからここまで海産物を買いにくるのだとか.

そんなわけでマハーチャイ市場には魚介類が溢れており,それらを眺めているだけでも楽しい.ただし,かなり匂う.海産物の磯臭さが苦手な人には辛いかも.

駅から渡船乗り場へ行くのは簡単で,列車の進行方向に向かって右に降りたら,そのまま市場のなかを直進,どんつきを左折すればもうそこは川,渡船乗り場がある.渡船はバイクがたくさん乗り込んでいて,渡船というか,もう,完全にフェリーである.いかにも生活の足なんだなあという感じ.渡船は川面をするすると進んでいく(写真).あっという間に対岸に到着した.

対岸の桟橋からバンレーム駅への道のりが少しわかりづらかった.おそらく,うまく接続する次の列車に乗っていれば,桟橋から駅に向かう人たちが駅まで連れて行ってくれたのだろう.しかし,幸か不幸か一つ前の列車に乗れてしまったので,駅に向かう人もほぼいなかった.いちおう道案内はあるのだが,多少,ややこしい.しかしこちらにはGoogleマップがある.ありがとうGoogleマップ.地図を頼りに,難なく駅に到着した.

切符売り場でメークローンまでの切符を買い,やってきた列車に乗り込んだ.ここで,進行方向に向かって窓側に座るとよい.後でわかったのは,バンレームから乗って窓側の座席を確保しておくことが,最後,重要なのだということだ.これについては,後で説明する.

バンレームからメークローンまでは,やはり1時間弱かかる.列車はひたすら西に向かって進んでいく.車窓の眺めは,ほぼ,田舎の景色である.海岸に程近い地域であり,列車は塩田のなかを進んでいく.

列車がメークローンに近づくにつれて,車内がだいぶ混雑してきた.どうも,観光バスで途中駅に乗りつけて,そこから終着駅のメークローンに向かうツアーが組まれているらしい.自分が座っていた席はボックスシートに一人で座っていたのだが,途中から,韓国語を話すタイ人ガイドが引き連れた観光客がぞろぞろと乗り込んできた.

タイ人ガイドの話す韓国語は実にわかりやすく,8割がた理解できた.韓国語を学んでいてよかったなと思った.まあ,難しいことを喋っているわけではない.せいぜいが,「周りは塩田です」とか「私たちはスーパーヒーローです」とか「いまから私が写真撮るから準備してね」とか,そんな程度である.

スーパーヒーロー?どういうことだろう?タイ人ガイドでスマホの写真を見せながら韓国人観光客に説明していたのを横目でみていたのだが,それは,列車が終着駅のメークローンに到着する直前で,実際に体感できた.

まだメークローンに到着していないが,この話,さらに,続く

パタパタ市場に行ってみた(お気楽クルンテープ通信 No. 42)

バンコクの郊外にメークローン鉄道市場という観光地がある.パタパタ市場という愛称も付いているらしい.どんな市場かというと,列車が通るギリギリまで商品が陳列されていて,暑いのでそれらを覆うひさしが線路の上に両側から設置されているという市場である.線路の周囲は,さながら商店街のアーケードをコンパクトにしたような様子になる.

しかし,それでは列車の通過時刻になったときに列車が通れないので,そのときだけ,ひさしをパタパタと皆が畳んで列車を通す仕組みである.パタパタとひさしを畳んだり元に戻したりするその手慣れた様子から,パタパタ市場や折り畳み市場と呼ばれるのだとか.

日本だと全く考えられない状況だが,メークローン線は一日に4往復しかないので,そんなことも可能になる.そしてそれが観光名所にまでなっているのが面白い.

さて,立て込んだイベントがひと通り終了し,久しぶりに余裕のある週末を迎えた.天気もよく,早起きしたので,懸案だったメークローン鉄道市場に行ってみようと思い立った.そろそろ暑季が始まるので,暑くならないうちに出掛けておきたいということもある.もうだいぶ気温が上がってきてはいるので,急いだほうがいい.

旅行会社を調べると多様なツアーがあるようだが,せっかくこちらに滞在しているのだからローカルな方法で訪れたい.調べてみると,メークローン駅に行くためには,バンコク市内のウォンウェンヤイ駅からタイ国鉄,SRTに乗ればよいらしいことがわかった.

ところがこれが面白いことに,ウォンウェンヤイからメークローンまで,線路は繋がっていないのだ.ウォンウェンヤイから出ている路線はメークローン線ではなくマハーチャイ線,終点は途中のマハーチャイである.メークローンに行くにはマハーチャイでいったん列車を降り,渡船で川を渡らなければならない.川を渡ってしばらく歩くと対岸にはバンレーム駅があり,そこからメークローンに向けてメークローン線が続いている(図).面白いじゃない.

ウォンウェンヤイ駅に行くためにはBTSシーロム線でウォンウェイヤイまで行き,そこから10分ほど歩く.ネットの情報をみると1番出口から行く方法が推奨されているようだが,3番出口から出て,そのままクルントンブリ・ソイ1を北上し,チャルーンラート通りを西に向かう行き方がわかりやすい.しかも,ウォンウェンヤイ市場を通り抜けていくので,いろいろ楽しい.ソイは細いのでかなり路地裏感があり,大丈夫?と不安になるかもしれないが,大丈夫.トラストミー.

ウォンウェンヤイ市場を抜けると大通りにぶち当たる.ソムデットプラチャオタクシン通りである.そこを超えると国鉄ウォンウェンヤイ駅があるのだが,ちょうどそのあたりが工事中でかなりごちゃごちゃしていた.大通りをどうやって渡ったものかと思案するも,ちょっと北にずれたところに歩道橋があるのでそこを渡って駅に到着.

ここで,少し列車の運行について説明しておこう.マハーチャイ線はそれなりに運行があり,日中は1時間に1本くらいの頻度で列車が往復している.しかし,先に述べたようにメークローン線は1日に4本しかない.バンレーム駅を発車する列車の時刻表は,2026年2月の時点で次のようになっている.

  • 7:30
  • 10:10
  • 13:30
  • 16:40

ちなみにメークローン発の最終は15:30なので,帰りも列車で帰ろうとすると滞在時間はだいぶ限られる.

バンレーム10:10発の列車に乗り継ぐためには,ウォンウェンヤイ8:35発の列車がちょうどよさそうだ.マハーチャイには9:28に着くので,川を渡り,ゆっくり歩いていっても十分に間に合う.なお,私は少し余裕を持って出掛けたら,ちょうど7:40発の列車がまさに出発せんとす!という状況だったので駆け込んでそれに乗った.その結果,ほぼ何もないバンレームで1時間も待つことになった.まあ,それも旅の醍醐味だろう.

さて,まだバンコク市内から脱出できていないが,いったん項を改めよう.続く