2026年2月24日火曜日

続々・パタパタ市場に行ってみた(お気楽クルンテープ通信 No. 44)

韓国人観光客に囲まれつつ,列車はいよいよメークローン駅に近づいてきた.

韓国語を話すタイ人ガイドが「いよいよですよ」と説明する.メークローン駅手前のエリアが,メークローン鉄道市場である.大きな踏切が二つあり,手前の踏切あたりから,列車は観光客に囲まれるなかを緩やかに進んでいく(写真).

これでよく事故が起こらないものだと感心するが,列車はとてもゆっくり進むし,係員が何人もいて監視しているので問題ないのだろう.

さて,我々がスーパーヒーローたる所以である.とにかく周囲の観光客が手を降ってくる.こちらも手を振り返す.なんというか,レッドカーペットを歩くセレブになった気分を味わえる.窓から顔を出して手を降っていたら,欧米人観光客と思しきオッサンがバナナを一本,こちらに向けてきた.なんとなく受け取ってしまったが,こちらをサル扱いしてきたのか?

まあ,そんな感じで特別な体験を味わえるので,一度は訪れてみる価値はあるだろう.進行方向に向かって窓側の席を確保すると,より楽しい.メークローン駅の手前あたりから,途中駅から乗車してくる観光客で車内はだいぶ混雑するので,やはり,メークローン線始発のバンレームから乗り込むとよい.

終着駅,メークローンに到着し,列車を降りた.少し引き返す感じで市場に向かうが,とにかく観光客でごった返している.観光客で溢れていて市場自体を楽しむ余裕があまりないのが,多少,残念ではある.

11:10に到着した列車は,11:30メークローン発の列車としてバンレームに向かい引き返す.したがって,その前に市場をそぞろ歩いていれば,パタパタとひさしをたたむ光景も観察できる.

メークローン駅を出発した列車は,我々の目の前をゆっくりと進んでいった.今度は先ほどと逆で,我々が車内にいるスーパーヒーローたちに手を振る番だ.

列車が通過すると,市場の人たちは,また,パタパタとひさしを広げる.もう,パタパタ市場を十分に堪能した.線路脇までギリギリのところに商品を並べているのも面白い.線路自体が通路になっているのは,まあ,すでに慣れているとはいえ,日本では考えられない話であり観光客にとってはそれも興味深いだろう.

次の列車は15:30の最終列車だが,それまで待つのも長いし,バンレームからマハーチャイでの乗り換えも面倒くさい.帰りはエアコン完備のバスで快適に帰ろうと,バスターミナルに来た.メークローン駅から南に2ブロック行ったあたりに,バスターミナルがある.

チケット売り場でエッカマイ行きのチケットを買うとオババが「ベンチに座って待ってろ」という.ところがどのバスに乗ればよいのかよく分からない.バスにクルンテープ行きと書いてあるのは分かったので,そのバスに乗り込んではみたものの,車掌がチケットを集めにくると皆さん黄色い札を出している.手元をみると自分のは紫.案の定「このバスじゃない」と言われ.バスを追い出された.

幸い,隣に停まっていたバスがエッカマイ方面行きだった.バスを乗り換え,バスに揺られることやはり2時間弱で,バンコク市内まで戻ってきた.帰りのバス代は100バーツ.鉄道利用よりは高いが,行きの料金にウォンウェイヤイまでのBTS料金を加えたらあまり差はない.快適さを考えれば,行きは列車を堪能し,帰りはバスで戻るという旅程がオススメである.

続・パタパタ市場に行ってみた(お気楽クルンテープ通信 No. 43)

パタパタ市場へ向かう列車,いや,途中駅のマハーチャイに向かう列車は,ウォンウェンヤイを出て快調に西へ進んでいく.街中に,もう,列車が通れるギリギリの空間に線路が引かれているものだから,列車は伸び放題の木々を掠めていくわ,窓から家庭の居間が手に取るように見えてしまうわ,なかなかエキサイティングな列車である.ローカル感をたっぷりと味わえる.

ウォンウェンヤイからマハーチャイまでの運賃は,僅か10バーツ.さらにマハーチャイからバンレームに渡る渡船が3バーツで,バンレームからメークローンまでも10バーツである.締めて23バーツなり.たっぷり2時間以上かかる旅程なのに,激安価格である.なお,ウォンウェンヤイで列車に乗ったときは飛び乗ったので切符を買えなかったのだが,列車のなかで車掌に金を払えばよい.タイ国鉄のプロトコルはもう完全に理解した.

多くのガイド記事では電車と書かれているが,当然ながら電化はされておらず,正確にいえば気動車である.ディーゼルのブルブルという音を聞きながら1時間ほど揺られていくと,列車はマハーチャイに到着した.

マハーチャイ駅の周辺もまた面白い.駅はマハーチャイ市場に隣接しており,渡船乗り場に行くには市場のなかを抜けていくことになる.マハーチャイはチン川河口にほど近い街であり,マハーチャイ市場は海鮮市場として有名らしい.多くの人々がバンコクからここまで海産物を買いにくるのだとか.

そんなわけでマハーチャイ市場には魚介類が溢れており,それらを眺めているだけでも楽しい.ただし,かなり匂う.海産物の磯臭さが苦手な人には辛いかも.

駅から渡船乗り場へ行くのは簡単で,列車の進行方向に向かって右に降りたら,そのまま市場のなかを直進,どんつきを左折すればもうそこは川,渡船乗り場がある.渡船はバイクがたくさん乗り込んでいて,渡船というか,もう,完全にフェリーである.いかにも生活の足なんだなあという感じ.渡船は川面をするすると進んでいく(写真).あっという間に対岸に到着した.

対岸の桟橋からバンレーム駅への道のりが少しわかりづらかった.おそらく,うまく接続する次の列車に乗っていれば,桟橋から駅に向かう人たちが駅まで連れて行ってくれたのだろう.しかし,幸か不幸か一つ前の列車に乗れてしまったので,駅に向かう人もほぼいなかった.いちおう道案内はあるのだが,多少,ややこしい.しかしこちらにはGoogleマップがある.ありがとうGoogleマップ.地図を頼りに,難なく駅に到着した.

切符売り場でメークローンまでの切符を買い,やってきた列車に乗り込んだ.ここで,進行方向に向かって窓側に座るとよい.後でわかったのは,バンレームから乗って窓側の座席を確保しておくことが,最後,重要なのだということだ.これについては,後で説明する.

バンレームからメークローンまでは,やはり1時間弱かかる.列車はひたすら西に向かって進んでいく.車窓の眺めは,ほぼ,田舎の景色である.海岸に程近い地域であり,列車は塩田のなかを進んでいく.

列車がメークローンに近づくにつれて,車内がだいぶ混雑してきた.どうも,観光バスで途中駅に乗りつけて,そこから終着駅のメークローンに向かうツアーが組まれているらしい.自分が座っていた席はボックスシートに一人で座っていたのだが,途中から,韓国語を話すタイ人ガイドが引き連れた観光客がぞろぞろと乗り込んできた.

タイ人ガイドの話す韓国語は実にわかりやすく,8割がた理解できた.韓国語を学んでいてよかったなと思った.まあ,難しいことを喋っているわけではない.せいぜいが,「周りは塩田です」とか「私たちはスーパーヒーローです」とか「いまから私が写真撮るから準備してね」とか,そんな程度である.

スーパーヒーロー?どういうことだろう?タイ人ガイドでスマホの写真を見せながら韓国人観光客に説明していたのを横目でみていたのだが,それは,列車が終着駅のメークローンに到着する直前で,実際に体感できた.

まだメークローンに到着していないが,この話,さらに,続く

パタパタ市場に行ってみた(お気楽クルンテープ通信 No. 42)

バンコクの郊外にメークローン鉄道市場という観光地がある.パタパタ市場という愛称も付いているらしい.どんな市場かというと,列車が通るギリギリまで商品が陳列されていて,暑いのでそれらを覆うひさしが線路の上に両側から設置されているという市場である.線路の周囲は,さながら商店街のアーケードをコンパクトにしたような様子になる.

しかし,それでは列車の通過時刻になったときに列車が通れないので,そのときだけ,ひさしをパタパタと皆が畳んで列車を通す仕組みである.パタパタとひさしを畳んだり元に戻したりするその手慣れた様子から,パタパタ市場や折り畳み市場と呼ばれるのだとか.

日本だと全く考えられない状況だが,メークローン線は一日に4往復しかないので,そんなことも可能になる.そしてそれが観光名所にまでなっているのが面白い.

さて,立て込んだイベントがひと通り終了し,久しぶりに余裕のある週末を迎えた.天気もよく,早起きしたので,懸案だったメークローン鉄道市場に行ってみようと思い立った.そろそろ暑季が始まるので,暑くならないうちに出掛けておきたいということもある.もうだいぶ気温が上がってきてはいるので,急いだほうがいい.

旅行会社を調べると多様なツアーがあるようだが,せっかくこちらに滞在しているのだからローカルな方法で訪れたい.調べてみると,メークローン駅に行くためには,バンコク市内のウォンウェンヤイ駅からタイ国鉄,SRTに乗ればよいらしいことがわかった.

ところがこれが面白いことに,ウォンウェンヤイからメークローンまで,線路は繋がっていないのだ.ウォンウェンヤイから出ている路線はメークローン線ではなくマハーチャイ線,終点は途中のマハーチャイである.メークローンに行くにはマハーチャイでいったん列車を降り,渡船で川を渡らなければならない.川を渡ってしばらく歩くと対岸にはバンレーム駅があり,そこからメークローンに向けてメークローン線が続いている(図).面白いじゃない.

ウォンウェンヤイ駅に行くためにはBTSシーロム線でウォンウェイヤイまで行き,そこから10分ほど歩く.ネットの情報をみると1番出口から行く方法が推奨されているようだが,3番出口から出て,そのままクルントンブリ・ソイ1を北上し,チャルーンラート通りを西に向かう行き方がわかりやすい.しかも,ウォンウェンヤイ市場を通り抜けていくので,いろいろ楽しい.ソイは細いのでかなり路地裏感があり,大丈夫?と不安になるかもしれないが,大丈夫.トラストミー.

ウォンウェンヤイ市場を抜けると大通りにぶち当たる.ソムデットプラチャオタクシン通りである.そこを超えると国鉄ウォンウェンヤイ駅があるのだが,ちょうどそのあたりが工事中でかなりごちゃごちゃしていた.大通りをどうやって渡ったものかと思案するも,ちょっと北にずれたところに歩道橋があるのでそこを渡って駅に到着.

ここで,少し列車の運行について説明しておこう.マハーチャイ線はそれなりに運行があり,日中は1時間に1本くらいの頻度で列車が往復している.しかし,先に述べたようにメークローン線は1日に4本しかない.バンレーム駅を発車する列車の時刻表は,2026年2月の時点で次のようになっている.

  • 7:30
  • 10:10
  • 13:30
  • 16:40

ちなみにメークローン発の最終は15:30なので,帰りも列車で帰ろうとすると滞在時間はだいぶ限られる.

バンレーム10:10発の列車に乗り継ぐためには,ウォンウェンヤイ8:35発の列車がちょうどよさそうだ.マハーチャイには9:28に着くので,川を渡り,ゆっくり歩いていっても十分に間に合う.なお,私は少し余裕を持って出掛けたら,ちょうど7:40発の列車がまさに出発せんとす!という状況だったので駆け込んでそれに乗った.その結果,ほぼ何もないバンレームで1時間も待つことになった.まあ,それも旅の醍醐味だろう.

さて,まだバンコク市内から脱出できていないが,いったん項を改めよう.続く

2026年2月23日月曜日

チェンマイ大学訪問(お気楽クルンテープ通信 No. 41)

チェンマイ大学,CMUで講義をしてきた.呼んでくださったのは,Collage of Arts, Media and Technology, CAMTのP先生である.実際のアプリケーション開発,運用方法,DevOpsとの関係など,自分の経験に基づいたリアルな話を,同大学ソフトウェアエンジニアリングコースの2年生40名程度に対して,2時間,話してきた.

チェンマイを訪問したのは17日から19日までの3日間である.宿と航空券はP先生が手配してくださったのだが,これがなかなか素敵な航空券で,17日の早朝の便でバンコクからチェンマイに飛び,19日のとても遅い便でチェンマイからバンコクに戻るという,もう,チェンマイを,3日間のあいだ存分に楽しんでくれい!と言わんばかりのチケットだった.

実際に講義を行ったのは18日の午前中,10時から12時までの2時間である.それ以外にも時間の許す限りいろいろと案内してくださって,P先生には頭が上がらない.

諸事情があって16日の深夜にバンコクに到着する便で東京から戻ったため,その日の夜は,スワンナプーム空港のなかにあるホテルに宿泊した.ということで,日本からの荷物を引きずったまま,チェンマイに向かうことになった.

チェンマイを訪れたのはこれで3度めである.高校の恩師が,いまリタイアしてチェンマイに住んでいて,今回の訪問を含め,毎回,訪れている.前回は,2年前にCMUで学会があったときに,最終日の夜に先生のご自宅を訪問した.

前回訪問したときに,しばらくバンコクに滞在することになりそうですという話をしていた.その際,「おう,クルンテープに住むのか」と先生が仰っていたことがとても印象に残っている.そのときすでにこちらに移住して10年ほど経っていたはずであり,すっかりタイの人になってしまったなあと思ったものだ.

ところで,今回の訪問ではチェンマイ大学の大きさに驚いた.以前,学会が開催されたキャンパスは,ダウンタウンにほど近いエリアにあるものであり,まあ,「普通の大学」サイズであった.中大iTLのような都市型キャンパスに勤務しているものからすれば,十分に大きいと感じたが,それは錯覚だった.

今回,チェンマイ空港に降り立った私をCMUのバンが拾ってくれたので,集合場所に迷わず来られたのだが,車が構内に至るなり驚いた.以前,来たことのあるキャンパスを通り過ぎ,郊外のキャンパスにやってくると,もう,圧倒的にスケールが違う.

そもそもどこからどこまでがCMUのキャンパスなのか,よくわからない.キャンパス自体が一つの街のようになっている.調べてみると14平方キロメートルあるらしい.といってもピンとこない.東京ドーム300個ぶんと言われても,どんなもんだ?ざっと計算して一辺が4キロメートル弱の正方形くらいといえば,その大きさが想像できるだろうか.

KMITLもたいがい広いが,以前,端から端まで歩かされたときには20分くらいだった.CMUの端から端まで歩こうとすると,1時間はかかるだろう.それほど広い.

また,学生たちは真面目な学生とそうでもない学生の両極端に分かれていたのが印象的だった.写真は授業が終わった後,皆で撮った記念写真である.前から詰めて座っているグループと,後ろに座っているグループの二つに分かれていることにお気付きだろうか.

授業開始前,講義の準備をしていたら,ぞろぞろと教室に学生たちが入ってきて,前から順番に詰めて座っていったので,たいへん驚いた.実に積極的,前向きでよい.こちらも,しっかり話をしてあげようという気になる.CMUの学生は真面目だなあと感心していたが,授業開始直前になって入ってきたグループは後ろのほうから詰めていったので,必ずしも全員が前向きに臨んでいるわけではないことに気付き,そんなもんかと微笑ましく感じた.

記念写真では「C」のマークを皆が作っている.中央大学の関係者がよくやるやつなので,なんで知っているんだ!とびっくりした.P先生に聞いてみるとこれはCAMTのCということらしかった.ていうかCAMTって「Collage of ……」の略だから,Cで代表させていいの?と思っちゃったが,まあ,マイペンライ.

2026年2月22日日曜日

続・学生引率はいろいろたいへん(お気楽クルンテープ通信 No. 40)

学生引率がたいへんだという話の続きである.

バンコクに学生たちが到着して翌日5日は学会の準備とバンコク白門会の皆さんとの交流,6日はナコンパトムのシルパコン大学附属高校やバンコク市内にあるワツーチワララン高校を訪問し教育に関するディスカッションや授業見学をするというワークショップに参加,7日は我々が主催するSPICE 2026という国際会議に出席,8日は日曜日なので少し遠出をしてちょっとしたエクスカーションをし,9日はKMITLの学生との交流,その晩の便で帰国というスケジュールであった.

SPICE 2026では院生の一人が発表もした.学部学生の何人かも,中大から参加している先生の発表のなかで,交流授業に参加した感想を報告していたはずである.私は隣の部屋で座長をやっていたので,様子を確認できなかったのが残念だ.

十数名の学生を引率していると,いろいろ大変なことが発生する.まず,乗り換えに時間がかかる.ちゃっちゃと歩け!と叱り飛ばしたいところをグッと我慢して,前の人にちゃんとついて行けよと指導しなければならない.かと思うと,ボーッとしていて知らない人についていってしまう奴が現れる.おいおい,どこに行くんだお前は!みたいに引っ張り戻さないといけない.

毎回,チェックポイントでは人数を必ず確認しなければならない.なかには「おい,人数足りないぞ」という状況が発生すると,「〇〇くんは,いまトイレ行ってまーす」などと呑気な返事が戻ってくる.ただでさえ出発が遅れて,もう,この時間だと集合時刻に間に合わないんだぞ?朝起きたら部屋で用をきちんと足しておけよと,文句の一つも言いたくなる.

幸いにして4年生にしっかり者が何人かいるので,「先生,皆連れて先に行っていてください.僕ら一つ後の電車で追いかけますから」などと,自律的に面倒をみてくれて助かった.それにしても,もう少し緊張感を持ってほしいものだが.

今回は大人数ということでバスをチャーターしてもらうなど移動にはかなり工夫を要した.ただし,どうしてもタクシーで移動という状況が発生し得る.いまはgrabというサービスが普及したのでだいぶ楽になったものの,十数名の移動となると4台は必要になるため,移動それ自体も難しい.

学生はのんびりしたもので,grabがあれば大丈夫ですよとITを過信しているが,一人旅とは勝手が違う.大人数がタクシーで移動する際の難しさを知らないものだから,簡単に移動できると考えて,失敗する.1台がとんでもないところに行ってしまったり,あるいは,大幅に遅れてしまったり.いろいろあるのだよ?

体調を崩す学生も現れる.今回,早々に,夜中に羽目を外しすぎたのかそのまま体調を崩して予定を欠席した学生が一人,さらにはインフルエンザに罹患して,帰れるかどうか大丈夫?とまで心配させた学生が一人いた.

自業自得の彼はさておき,インフルエンザの彼はけっこうたいへんだった.熱がありますと途中から予定を全てキャンセルし,部屋で安静にしていたが,予定の便で帰れるかどうかというところまでこじれた.最終的には,やはりしっかり者の4年生が「病院に連れていきます」と動いてくれて,検査したところインフルエンザであることが発覚,医者の判断で,予定の便で戻ってよいということになった.

そういえば,インドネシア,ジョグジャカルタで開催された前回のSPICE 2025に学生を参加させたときも,初日に骨折した学生がいた.そのときは,学会の前日,準備にあてていた日だったので,私が病院に連れていった.たまたまインドネシア語を喋れる学生も参加していたので,彼がとても頼もしかった.

このようにたいへんなことは多いが,学生を海外に連れていくのには大きな意義がある.今回,最終日に行ったKMITLの学生との研究交流会がとてもよかった.日本から連れて行った学生たちと,KMITLの学生たちが,自分たちが進めている研究についてそれぞれ英語で発表し,意見交換を行った.今回,初の試みであり,どうなることかと気を揉んだが,成功裡に終えられてこんな嬉しいことはない.

学生引率はいろいろたいへん(お気楽クルンテープ通信 No. 39)

1月の下旬から今週まで,たいへん忙しい日々が続いた.卒研発表会や修論審査など,対面で参加しなければならないイベントに参加する必要があり,東京へ2往復した.さらに,2月の6日と7日はバンコクで国際会議・ワークショップを主催し,その準備や後片付けにかかりきりになっていた.2月14日の修論審査を終えて再びタイに戻ってきたが,自宅に戻ることなくその足でチェンマイへ出張し,チェンマイ大学で2時間の講義を実施した.

一連の忙しい日々をなんとか無事に終えられて,いま,ほっと一息ついているところである.来週はまた欧州に出張の予定があるため,あまりのんびりしてもいられないのだが.

ところで,2月4日に東京から戻ってきて,そこから9日の夜までは,ほぼ,学生と生活を共にした.学部学生が13名,院生が4名とぞろぞろと連れ立ってバンコクにやってきていたので,とくに学部生に関しては「学生引率」をしなければならなかったためである.

もっとも,私自身はこちらに拠点があるので,毎朝,早朝に,学生たちの宿泊しているホテルまで迎えに行き,終日,行動を共にして夜はホテルまで送り届けてそこで解散という感じの学生引率だった.夜中,学生たちがどこで遊んでいたかは知らない.どうせ同じホテルに宿泊していたとしても,私が眠っている間に彼らは遊んでいるのだから,そこまでの監督責任はない.学生だっていい大人なのだし.

ただし,初日だけは学生たちと同じホテルに1泊した.夕方に成田を発つ便で来たので,スワンナプーム空港に到着したのはかなり遅い時間になる.長い入国審査を通過すると,もう日付が変わっており,タクシーでホテルに到着した時点では25時をとうに回っていた.そこからまたタクシーを捕まえて自宅に戻ったとしても,翌朝,早くにまた学生たちを迎えにこなければならないので,もう,一切が面倒になったからだ.

学生たちは相部屋で宿泊費を安く済ませようとしていたようだったが,さすがに私は一人部屋を確保した.ところが,この部屋がなかなかのクセモノだったのである.

疲労困憊していた私は,部屋に落ち着いて荷物を整理したあとは,サクッとシャワーを浴びてすぐに就寝することにした.ベッドサイドにスイッチ盤があり,マスタースイッチでその部屋の全ての明かりをコントロールできるようになっていた.

マスタースイッチはトグル式になっていて,一度押すと明かりが消え,再度押すと明かりが点くというタイプである.そのスイッチで消灯し,明日に備えて眠ろうとした,まさにそのとき,事件は起きた.

部屋の明かりが消えてしばらくすると,どこからか,パチッ,パチッと断続的に音がする.工学部卒で電気回路も多少はかじっているので,ん?これはリレーの不具合かな?と想像するも,なんとなく不安になる.まあ,しかし,それほど気にするものでもないだろうと,そのまま寝入るほうに気持ちを集中させた.

ところがである.何回かのパチッという音のあと,そう,10分も経過したくらいだろうか.部屋の明かりが全て点灯したのだ.これは怖い.まさにポルターガイスト.

さすがに制御回路の不具合だろうと頭では理解しているつもりでいても,感情がついていかない.ラップ音に突然の点灯,怪奇現象にしか思えない.それまでウトウトしていた自分も完全に目が醒めてしまった.

ここで眠っておかないと明日キツいぞと自分に言い聞かせ,何度か眠ろうと,マスタースイッチで再び消灯するも,しばらくするとパッと明かりが点いてしまう.これは困った.

あまつさえ,もう放っておこうと,煌々と明るくしたままにしておくと,なんと,何もしていないのに明かりが全て消えた.なんなの?このコントみたいな状況は?

そんなわけでまんじりともしない状況で朝を迎え,2時間くらいはウトウトできたかなという気分でホテルをチェックアウト,いったん荷物を自宅に置きに帰り,学生たちを引率するために軽装でホテルに戻ってきた.チェックアウトするときに「部屋の明かりが壊れているみたいだから直したほうがいいよ」と一言文句を告げておいたが,それ以上,強く主張できなかった自分がもどかしい.

学生引率と題しておきながら自分の話に終始してしまった.この話,続きます.写真は3日めのワークショップの様子.学生たちが神妙な顔をして参加している雰囲気がわかるかな.

2026年2月15日日曜日

前方捕外?後方捕外?

以前,参照先?参照元?という指摘をした.エラーメッセージの日本語訳がおかしいのではないかという指摘である.今回,似たような状況を確認したので,再び,指摘したい.マイクロソフト日本法人はもう少し頑張れよ!というエールでもある.

次のスクリーンショットをみていただきたい.あるデータを折線グラフとしてプロットし,回帰直線をそこに重ねて表示させた状態である.

デフォルトでは回帰直線はデータのある範囲でしか描画されない.しかし,今後の予測をしたいので,回帰直線を捕外して,このあとどうなるかを見たいと考えた.

近似曲線にフォーカスを当てて,コンテキストメニューから書式設定を選択する.「予測」という項目があり,そこの「前方捕外」「後方捕外」という欄に数値を入れれば,近似直線が延長されるという仕組みだ.

ところで,近似曲線を右側に延ばしたいときに,どうすればよいだろうか?自然に考えて,「後方捕外」を選びたくならないだろうか?ところが,先に示した状況で後方捕外に数値をいくらいれても,近似直線が延びてくれないのである.

正解は「前方捕外」に数値を入れるということだった.え?前方?

日本語で考えれば,左側が前方,右側が後方と考えるのが自然だろう.しかし,Excelでは逆になっているのである.

元の英文表記に戻ってみると,前方捕外はForward,後方捕外はBackwardとなっている.予測(Forecast)なので,右側の,今後の予測に関する捕外がforwardで,過去に関する捕外がbackwardなのは自然である.しかし,日本語に訳した時点で,それは少し不自然となる.

もう少しきちんと考えろよぅ.担当者なんとかしろよぅ,という話.お願いしますよ.

2026年2月11日水曜日

タイの選挙事情(お気楽クルンテープ通信 No. 38)

先週末,日本でも衆議院議員選挙が行われていたが,たまたま同じ日に,タイでも下院議員の選挙が行われた.私は外国人であるから選挙権は当然ない.そもそもタイの政治自体がよくわからないので,完全に傍観者として状況を伺っていたのみである.しかしながら,いろいろと日本と違って面白い風景も垣間見られたので,その様子をレポートしよう.

まず,選挙が近づくと,街角のあちこちに選挙ポスター,立て看が出現する.日本のように選挙ポスターの掲示場所が決められていて,そこに並べて貼るというスタイルではない.ルールがどうなっているか知らないが,大通りの道端にニョキニョキと立て看が並ぶ.交通量の多いバイパス沿いは,これでもか!というくらいの立て看で埋め尽くされていた(写真).

選挙ポスター自体は,にこやかに間抜け顔で微笑みかける候補者と,数字が大きく書いてある.あの数字はいったい何だろう.そして,ポスターの胡散臭さは国境を超えて共通するようだ.たまに目鼻に画鋲が刺さっているものも見た.選挙ポスターにいたずらするやつはどこにでも居る.気持ちは分からないでもないが,ダメだよ.

ところで,面白かったのは,投票所である.日本だと,小学校や公民館が投票所になることが多いだろう.基本,屋内だよね?ところがここタイでは,道端に投票所が出現したりするのである.

2月8日,選挙当日は日曜日で,その日,我々は日本から海外研修に来ていた学生たちと一緒に,バスで郊外に遠足に出かける予定になっていた.車窓からぼーっと外を見ていたら,市内のあちこちでテントが建てられている.テントといってもキャンプ用のそれではなくて,運動会などでよく使われるアレである.

バスガイドに聞いてみると,それがまさに投票所だというのだ.郊外に出ると,駐車場のようなところに投票所が設置されているところもあった.郊外だと皆,車で投票所までやってきて投票するのだろう.

この写真は,カンチャナブリーのクワイ川鉄橋駅の近く,というかクワイ川鉄橋の袂に設置されていた投票所である.オープンエアな投票所.いかにもタイらしい.マイペンライ.

また,タイではときどき完全禁酒期間が設けられることがある.今回も,「選挙前だから」という理由で,前日7日の18時から選挙当日の18時まで,アルコール販売とレストランでのアルコールの提供が完全に禁止されていた.なので,前日の夜には日本から来ていた学生たちとムーガタを食べに行ったのだが,ソフトドリンクのみで楽しむしかなかった.

隣のテーブルにはビール瓶が出ていたので,「出てるじゃん」と店員にツッコんだら,「あれは18時前に注文したもの」だって.ちくしょう,もっと早くに来ればよかった.

まあ,選挙当日のお昼,タム・クラセー駅近くのレストランで昼食をいただいたのだが,そこではビールを売っていたようだった.飲まなかったけど.ど田舎だから?観光地だからかも.観光客に選挙は関係ないもんね.

2026年2月10日火曜日

2025年度タイ研修

2026年2月4日から10日にかけて,iTLゼミ生13名と院生4名(松崎研の院生1名を含む),総勢17名がタイで研修を行った.研修は次のようなスケジュールで行われた.

  • 4日,夕方のNQ001便で成田からスワンナプーム空港に移動
  • 5日,SPICE国際会議の会場となるタマサート大学に行き,会議の準備,夜はバンコク白門会の皆さまと交流
  • 6日,I-WITワークショップに参加,ナコンパトムのDSU高校,バンコク市内のワツーチワララン高校の授業を見学,グループディスカッション等の活動に参加
  • 7日,SPICE国際会議に参加,一部の学生,院生は研究発表とSMILE活動報告を実施
  • 8日,郊外学習.カンチャナブリーを訪れて歴史遺産と自然遺産を見学・体験
  • 9日,KMITLの学生との研究発表会に参加,それぞれの研究活動を発表し意見交換を実施
  • 10日,9日夜発のNQ002便(深夜便)で帰国,解散

SPICE国際会議では,院生が次のテーマで研究の成果を発表した.

  • Zhong, Y., and Iio, J. Quantifying Quality of Group Online Communication Based on Facial Expression Analysis, The 6th International Conference on SMILE Project and Intercultural Communication Education (SPICE2026), Bangkok, Thailand

また,KMITLとのオンライン交流に参加した学生は,次の発表のなかで,それぞれ参加した感想や得たものなどについて報告した.

  • Saito, Y., Iio, J., and Miyamoto, Y., Chuo University (Japan) & King Mongkut’s Institute of Technology Ladkrabang (Thailand), The 6th International Conference on SMILE Project and Intercultural Communication Education (SPICE2026), Bangkok, Thailand

最終日に行われたKMITLとの研究発表会では,以下の研究発表が行われた.KMITLの学生による研究発表も,どれも興味深く,日本から参加した学生にもとてもよい刺激になったことだろう.

  • Yu, NAGAHAMA, Design and Construction of a Camera-based Customer Data Utilization System for Restaurants and an Examination of its Social Acceptability
  • Keisuke, WATANABE, Academia Chain: A Blockchain-Based Repository and Laboratory Communication Platform for Academic Institutions
  • Airi, MIKAMI, et al., Enhancing Speaking Willingness in Intercultural Online Exchange
  • Shogo, KASAHARA, et al., Behavioral Information Analysis of Commuting Stress
  • Koichi, SATOH, et al., Quantification of Senses in Virtual Reality Spaces
  • Haruna, MATSUMOTO, et al., An Analysis of Viewer Selection Based on Linguistic Differences Using YouTube Viewing Data
  • Kai, YAMAJI, et al., Optimizing Floor-to-Floor Movement in a Vertical University Campus
  • Masyu, IIJIMA, Proposal of a Serious Game using Twine to Improve Smartphone Addiction
  • Yoshiki HOSODA, Single Sign-On System with Local Personal Information Store

中央に陣取った飯尾の右隣り,向かって左横に並んでいる二人の女性が,左からGeo先生とFon先生,残りはKMITLとChuo-iTLの学生たち.

2026年2月1日日曜日

キャンパスライフ in KMITL(お気楽クルンテープ通信 No. 37)

KMITLのキャンパスはとにかく広い.暇をみてあちこち散歩してみてはいるのだが,まだ全ては回れていない.キャンパスのなかを循環するミニバスにもまだ乗っていない.そのうち,乗ってみよう.

先日,工学部の入り口から研究室のある12号館まで歩いていたら,学生たちが楽しげに何やらゲームをしている光景に出くわした(写真).

何のゲームをして遊んでいるか,お分かりだろうか.

これは,ペタンクというゲームである.置かれたマーカーに向かって鉄球を投げるゲームである.たぶん,マーカーに近いと点数が高くなるんだろう.カーリングみたいなもの,なんじゃないかな.私が知っているペタンクに関する知識はその程度しかない.

けっこうな人数の学生が集まって,楽しげに鉄球を投げていた.しばらく眺めていたら,どうも,2グループがそれぞれ並んで遊んでいるらしいことがわかった.

私はとくだん急いでいたわけでもないが,学生たちに混ぜてもらう勇気もなく,その場をそっと立ち去った.学生たちが楽しげにゲームに興じていたのが印象的だった.

ところで,写真の中央にいる彼の背中に,「秋田高専」と日本語が書かれているのにお気付きだろうか.KMITLは,日本の大学だけでなく,高専とも太いパイプを持っているのである.

そもそも,キャンパスのなかにKOSEN-KMITLという組織があり,専用の建物がある.私がKMITLに来てしばらくしたときに,日本からKOSEN-KMITLを訪ねてきた方がおり,私も挨拶がてら,KOSEN-KMITLにお邪魔した.

ところが,KOSEN-KMTILはキャンパスの一番東の端にある.一方,私のいる12号館は西の端である.研究室からKOSEN-KMITLまで歩いたら,20分くらいかかった.日中だったので汗だくになったのも今となってはよい想い出だ.それほど,KMITLのキャンパスは広く,未知の場所もまだ多く残されている.