日本を出たときからずっと気になっていたことがあった.髪が伸びて鬱陶しいのだ.散髪に行きたい.髪を切ってもらいたい.
こちらに来る前に散髪してくればよかったのだが,いろいろと忙しく,心に余裕がなかったので床屋に行けなかった.髪が鬱陶しいなあという気分を引きずったまま,もう3週間も過ぎてしまった.
というわけで,今日は,日曜日で休日ということもあり,散髪に出かけた.
海外で髪を切ってもらったのは,これまでに二度ある.今回で三度めである.最初の経験は,1994年,初めて海外旅行に行ったときのこと,南仏はマルセイユで,床屋を訪れた.
修士課程を終え,社会人になる直前の春休み,卒業旅行という名目で友人たちと6人でヨーロッパを訪れた.行きと帰りの航空券,最初に訪れるパリの宿だけを手配し,あとは気ままなバックパック旅行だった.「俺はどこそこに行きたいから」というメンバーがいれば,「じゃあ三日後の何時にどこそこ駅の中央改札前で集合ね」と,トマスクックの時刻表に掲載されていた主要駅の構内図を指し示しながら,別れたり合流したりという,いかにも学生の旅らしいとても自由な旅だった.
今から思えば,インターネットはあったもののまだ一般には普及しておらず,また,スマートフォンなどない時代,現代のように情報に簡単にアクセスなどできない時代だった.ましてやAIに頼るなど夢のまた夢であった時代.そんな状況で,よくもまあきちんとしかるべき時間と場所で落ち合えたと感心する.
という意見をいつぞやの忘年会のときに懐かしいねなどと言いながら開陳したところ,「俺はいつも待ってたけどね」と某くん.待たせたほうは,そんなことはついぞ忘れているというご都合主義であった.
それはともかくとして,そんな旅の途中,パリからTGVで移動してきたマルセイユで,散髪に行った.
今でもしっかりと覚えているのは,その日が火曜日だったということだ.なぜ覚えているかというと,実はその前日にも床屋に行こうとしていたが,月曜日で休みだったのである.ああ,日本と同じで月曜日が休みなのか,と残念な思いをしたことを覚えている.
それで,火曜日に散髪に行ったわけだが,訪れたのはちょうどお昼時であった.それにはこんな経緯がある.
その日,観光に出かけようとホテルを出た我々は,朝から思いもよらない災難に襲われた.同行の友人Oくんが,路上でジプシーに襲われたのである.集団で寄ってきたジプシーの子供達が新聞紙で周りを囲み,あたふたしているすきにウエストポーチに入れておいた貴重品をごっそり盗まれるという典型的な手口だった.
犯行後,彼ら彼女らは散り散りに逃げていく.ほうほうのていで一人捕まえた女の子は,私は何も持っていないとばかり,着ていた服を全て脱ぎ捨て,パンツ一丁になって両手を挙げて路上で突っ立っている.女の子とはいえ少女から大人になりかけで,日本でいえば中学生くらいだろうか,見ているこちらが目のやり場に困ってしまう.
その後,その場でどうしたかは忘れてしまったのだが,のちに警察で事情徴収をされたときに,我々,目撃者は「14歳(fourteen)くらい」と全員が主張したが,動転おさまらぬOくんは「いや40(fourty)だ」と主張して憚らないシーンがあった,などというしょうもないことはなぜだかくっきりと覚えている.
財布やらクレジットカードやら大切なものを盗られてしまったので,意気消沈するOくんをなだめすかしつつ,「とにかく警察に行こう」ということになった.何時頃訪れたかは正確には覚えていないが,午前中,窓口に行き事情を話していろいろと調書を取られた.そして,11時を過ぎたころだろうか.「じゃあ,今からランチタイムだから.続きは午後ね」と,手続きはまだ終わっていないにも関わらず強制的に昼休憩に入ってしまったのである.ラテンの気質だなあ,と感心している場合じゃない.こちらは犯罪の被害者なのだ.
まったく,どうしようもない.我々は,ロビーで呆然と待つしかなかった.そのときに,ふと閃いてしまったのである.「じゃあ俺,ちょっと散髪に行ってくるわ」と.酷いやつもいたもんだ.警察に残された皆,とくに被害者のOくんには申し訳なかった.この場を借りて,深く陳謝します.ごめんなさい.
まあ,そんなわけで,昼休憩の時間に,前日にあたりをつけておいた床屋に向かっていったというわけである.長くなってしまったので,次回に続く.
写真は「年賀状の写真に使いたいからタイっぽい自撮り写真を撮って送って」と家からのリクエストで撮影した写真の一つ.タイっぽいかな?

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