2022年6月17日金曜日

簡易版・反転授業の実施と効果

反転授業,反転学習(flipped learning)とは,事前に授業資料や授業動画を視聴しておき,教室では事前学習を前提として演習や議論をすることで理解を深めるというスタイルの授業方法である.通常の学習は,教室で授業を受けたのちに,復習で理解を深めるという建て付けになっているため,それとは逆である,順序が反転しているという意味で,反転授業と呼ぶ.

反転授業を行うと効果は高いだろうなと以前から常々考えていたが,なにしろ事前に動画を用意しておかねばならないという点で敷居が高く,反転授業の実施に踏み切ることがなかなかできなかった.ところが,COVID-19の影響でオンライン授業を行わざるを得ないという制約から,はからずもオンライン授業の動画コンテンツが充実してきた結果,それを用いれば反転授業の導入は容易くなるという福音がもたらされた.

ところがそうはいっても,今度は教室で何をやればよいのか,実はそれもよくわからない.簡単に「反転授業を実施してみよう」と,言うは易しだが実践は難しい.

今回,東大の1年生向けに駒場で実施している「情報」の授業を,なんとなくの反転授業っぽい形で進めたところ,少なくとも学生たちからのコメントや質問を見る限りは学習効果がずいぶん向上したのではないかと感じたので,紹介したい.

実践手順

昨年,一昨年とオンライン講義で実施した同講義も,今年からは教室において対面形式での実施に戻った.オンライン講義で実施していたときの録画はあるのだが,90分の動画を事前に通して見よというのは,学生にも負荷が高いのではないかと判断し,それらの動画は「欠席者用」,すなわち,授業を欠席したけれども動画を見て内容を理解したい,という学生にのみ,視聴を案内するにとどめている.

ではどのような形で「反転授業っぽい授業」をしているか.手順は次のとおりである.

  1. 事前に講義資料のスライドを学生に提示する
  2. 講義の課題として,その回の講義の感想と,次回の予習をしてわからないところの質問を提出させる.その際に「スライドを視聴するだけではなく,教科書の該当部分もしっかりと読み込むこと!」と補足する
  3. 教室では,次のような時間配分で,授業を進める:寄せられた質問やコメントへのフィードバック(20〜30分),講義資料の説明(40〜50分),演習(10〜20分)

最初に行う質問やコメントへのフィードバックが,学生からはたいへん評判がよく,最初のうちは10分程度にしていたが,どんどん長くなって,いまでは30分くらいかけて丁寧に答えるようにしている.他の学生がどんなことを考えているのか,それを共有するのが楽しいらしい.また,脱線した話題にも丁寧に答えている点も,嬉しいらしい.

実践の効果

事前にしっかり予習をさせるという点が,まさに反転授業っぽい授業設計の効果として現れている.次は,それを示す典型的な学生のコメントである.最近はこのようなコメントが増えた.

教科書を読んだだけではわからなかった,チューリングマシーンが先生の説明のおかげでわかるようになりました.その後教科書を読み直すとさらに理解が深まったので,予習復習の大切さを今更ながら感じました.次回の内容も抽象度が高くてわかりにくいですが,先生と教科書のダブルパンチで,完全に理解できるようになりたいです.

予習復習の意義や大切さを伝えるためにも,この方法が効を奏していると実感する.

また,講義資料の説明も,事前の質問やコメントの状況から「だいたいどのあたりで皆は躓いているかな」という理解度がわかるので,そのあたりを入念に説明すればよい.

さらに,最後に行う演習も効果的のようである.PC教室での対面授業のため,単なる講義で終わらせることなく,簡単なプログラミングやツールを用いた演習など,手を動かして能動的に学習させることに挑戦した.これも学生から非常に評判がよい.

そして何より,話をしている私が楽しいのが最も前向きな効果なのかもしれない.擬似的ではあるが,質問やコメントへの回答はインタラクティブなやりとりになっていて,教室の温度があったまる.その後の講義でも学生の興味を惹きつけている雰囲気が続くので,最後まで集中した時間が続く.これは教員にとっても学生にとっても喜ばしいことであろう.

東大には進振り(進学振り分け)という制度があり,入学後もよい成績を取らねばならないという条件もあろうし,そもそも学習に前向きな東大生だから,という面は否めないかもしれない.しかし,学生に興味を持たせる手段としては,どの大学でも通用するのではないかと考える.皆さんの参考になれば幸いである.

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