2020年8月4日火曜日

大学が全てオンライン講義になったらどうなるか?

前期のドタバタをようやく乗り越えつつある今日このごろ,議論は「後期をどうするか」に移りつつある.クラスタ発生のリスクを恐れるあまりに早々と後期もオンラインでと決めた大学もあれば,大学だけがなぜ?とばかりに対面講義実施強行にシフトしつつある大学もあるようだ.

前提と結論

本稿では,もし大学がオンライン講義「だけ」になってしまったら,どうなるかを考えてみたい.なお,大学は講義を聴講するだけの場ではないとか,実験・実習はオンラインではできないとか,そのような指摘はごもっとも.ここでの主張は少し極端な議論である点はご容赦いただきたく,実際にはそのぶんは,割り引いて考えていただきたい.

また,前提として,私は「オンライン講義の消極的推進者」の立場をとる.オンライン講義の意義は認めつつも,積極的に推進するものでもないという考えである.今回のオンライン講義で得られた動画などの成果物は,今後の対面講義で有効に使っていければいいなあ,という立場をとる.もちろん,我らが中央大学iTLの市ヶ谷キャンパスは狭いので,オンライン講義を併用すれば人口密度問題も解決するなあと前向きなアイデアが無いこともない(だから私は消極的推進者.どっちかっていうと非推進者寄り,かも?).

さて,結論から申し上げる.「対面講義を全面的に中止してオンライン講義だけにすると大学の淘汰が加速するであろう」と私は考える.

以下,その理由を述べる.

教育パッケージとしての質の問題

まず,オンライン講義の質について.今回,私もかなり努力したし,それなりに良いものを提供できたのではないかとの自負もあるし,皆さんがいろいろと工夫されて素晴らしいオンライン講義コンテンツを提供されている点は理解しているし,皆さん(私を含む)の努力を否定するものではない.皆さんの努力を否定するものではない(大事なことなので二度書きました).

しかし,怒られるのを覚悟のうえで率直に申し上げると,おそらく「オンライン用の教育パッケージ」としての質は,「よくできたMOOCsのコース > 放送大学の番組 >>>(越えられない壁)>>> 我々の手作りオンラインコンテンツ」といったところだろう.誤解のないように重ねて申し上げておきたいが,教育内容についての比較ではなく,パッケージとしてのできの良さの比較である.怒らないでよ?

よくできたMOOCsのコースってどんなモノかというと,代表的なのはコレ.Andrew Ng先生の機械学習コース(「Machine Learning Andrew Ngコース」のうちのMachine Learning).うちの学生が「勉強したいんだけどひとりだと心配なので」というので,院生などと交えてコレを使って皆で勉強したことがある.機械学習の入門コースなので私は機械学習そのものを勉強したというよりはMOOCsのコースってこんなによく出来てるのかと,そっち(MOOCsコースの作りかた)を勉強した感じだったが,本当に感心した.よく出来ている.さすがCourseraの看板(だよね?)だけのことはある.14万件を超える評価で星4.9,イイね!が97%(2020年8月4日現在)という,お化けコンテンツであり,もう舌を巻くしかない.

身も蓋もない言い方をすると「よくできたMOOCsのコース > 放送大学の番組 >>>(越えられない壁)>>> 我々の手作りオンラインコンテンツ」という違いは,すなわち,お金の掛け方の違いによるパッケージとしてのクオリティの違い,それに尽きる.

もちろん,我々の手作りコンテンツには教員と学生の信頼関係が込められている,という言い方はできる.しかし,それは対面あっての話.全てがオンラインになったときにそこをどう担保するかは課題であろう.

さて,MOOCs市場では既に,お金を掛けたコンテンツが他を淘汰するという現象がみられているのではなかろうか.Winner takes all の原則は,バーチャルな世界だと加速しやすい.大学が,対面講義を捨ててオンライン講義に向かうということは,そのような(あらかじめ不利であることが分かっている)市場に飛び込むということに相違ない.その覚悟はあるのか.その点は理解されているだろうか.

学生の質保証の問題

さらに,私が民間企業に20年弱勤めていたときの経験から,企業があることに気付くと大学の瓦解が加速するのではないかということを危惧する.それは,「△△のMOOCsの単位を一通り揃えました」との主張が「〇〇大卒」の価値を上回ってしまうのではないかということである.

現在の日本においては「〇〇大学卒業」が就職活動生に関する一定の質保証を与えているのは(残念ながら)事実であり,大学名による就職差別が横行しているのも残念ながら未だに認められる.しかし,企業で採用を何回も経験した立場からすれば,ある程度はやむを得ないところがあるのもまた事実ではある.限られた時間で優秀な学生を採用したいと考える企業としては,確度の高いところからピックアップするための大学名フィルタはこれまではある程度有効に機能していた.

ところで,企業が求める学生の優秀さ,地頭の良さというか対応力というか,社会人として求められるスキルは「〇〇大学の『講義を受けました』」だけで得られるものではないと私は考えている.そうだとすると,登校なし全てオンライン講義化でその部分に相当する能力を醸成できるのだろうかという危惧がひとつ.

さらに,もしそうではなく講義だけで十分に育成できるのだとすれば,「〇〇大学の講義セット」を「良質なMOOCsコースのセット」が上回ってしまうのではないかと危惧する.しかも,おそらく後者のコストのほうが遥かに安い.そして後者の価値で十分であることに企業が気付いた瞬間,「〇〇大卒」の価値は地に落ちてしまうだろう.大学名フィルタが機能しなくなる瞬間である.グローバル化する競争社会では東大卒すらダメになるかも.そうなれば日本の大学は全ておしまい.まあさすがにそれは極論にすぎるか.さて,どの大学まで耐えられるかな?

以上が,「対面講義を全面的に中止してオンライン講義だけにすると大学の淘汰が加速するであろう」と考える理由である.

杞憂だといいけれど

もちろん,このような心配は杞憂かもしれない.冒頭で述べたように,実験や実習などオンライン化できない大学の活動は他にもある.本稿での論考は全面オンラインという極端な状況を考えただけだ.「こんなん極論だろ」それで片付けてしまっても構わない.

それに,現在オンライン化を強いられている各大学がそのままオンラインに固執し,現在の大学の序列がのほほんとそのままオンラインでも固定化し,日本の呑気な民間企業が上記のロジックに気付くことなく,これまでの状況に固執していれば,問題なくオンラインに移行するかもしれない.そんな日本に未来があるのかどうかはまた別の問題か.

9 件のコメント:

  1. 各大学がそのままオンラインに固執し、というのはありえないではないでしょうか? トレンドとしては(人数調整をおこなう)対面か、ブレンド化の方向にながれていると思います。

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    1. 現実はそうだと思いますし,完全オンラインは極論でそうはならないだろうとは,私も(希望的観測ながら)そのように予測しています(「消極的推進派」ですからね).ただし,オンライン推進派の声が大きかったり,コロナ怖いがいまよりもっと酷くなってしまったりとなったらわかりません.まあ,「話はそんな簡単じゃありませんぜ?」っていうオンライン講義マンセー派の先生方への私からのメッセージと捉えていただければ……

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  2. よくできたオンライン講義を提供する総合大学が学部の授業を配信し、その他の大学は効率性を高めるためにそのコンテンツを購入し、学部・学科を統廃合するとみています。教員も少なくてすむので、大学は経営的に助かるのかもしれません。一方で、充実した演習環境を提供できる大学や専門性のある大学院がオフラインで生き残りをかけると思います。
    そして、一回りした後に「全てオフライン講義です!」という特色を打ち出す大学もあるかもしれませんが。。。

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    1. その動きもあるでしょうね.そもそも少子化で市場がシュリンクしているところに追い打ちです

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  3. オンデマンドの場合は確かにcouseraの講座と被り淘汰される事は考えられます一方 zoomなどのリアルタイムのオンライン授業はチャット機能や授業内クイズ グループディスカッションを使ってかなり対面に近い事ができます。講師のフィードバックも重要です。zoom 授業の学生の満足度はかなり高いです。あとは講師の人間力 学生に対する思いがどれほど伝えられるかが重要です。オンラインでも気持ちは伝わります。

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    1. ご指摘のとおりですね.オンライン講義と題して議論していますが言葉の使い方が若干適切ではなかったかもしれません.この議論では,オンライン(リアルタイム)講義ではなく,オンデマンド講義を意識していました.

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    2. ただし,やはりZoomのようなものを用いたオンライン授業にも限界があります.コミュニケーションのバンド幅問題です.学生の満足度に関しては,さまざまな角度から検討する必要があります(寝っ転がりながら聴講するのをヨシとする度量は私にはありません).
      例: https://iio-lab.blogspot.com/2021/11/difficulties-in-the-online-intercultural-education.html

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  4. オンデマンド講義とオンライン(リアルタイム)講義のミックスと考えています。
    専門科目がオンライン(リアルタイム)講義で、一般教養系がオンデマンド講義。
    専門科目のオンライン講義を録画したものと一般教養系を合わせたオンデマンドコンテンツをMOOCsコンテンツとして有料配信し、社会人向けのスキルアップコンテンツとしてビジネス化が考えられます。

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    1. コメントSPAMが多いもので,コメントは承認制にさせてもらっています.寝ていたので気付かずすみません(長時間,お待たせしてしまいました).

      大学教育のコンテンツに対して社会からのニーズがどれだけあるのかは一方で不安要素でもあります.大学人としては「社会人だってスキルアップすべきだ」と当然考えるわけですが,一方で,民間企業に20年弱勤務してきた経験からすると(比較的スキルアップ指向の高いはずのあの会社ですら……)という印象を持っており,社会の変革も必要になるだろうなと考えています.

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