困り果てたK先生と私,「とにかくいったん座って作戦会議だ,落ち着こう」と,ベンチを探し,なんとか空いている席を見つけた.空港の公衆Wifiに接続し,帰れる便を探すべく,あちこちの航空会社を検索しまくった.
チケットカウンターに行き,そこで大枚叩いて正規運賃で航空券を購入すれば,最も早く帰れるのだろう.しかし,けっこうな金額になるし,補償のアテもないところでそのリスクを犯すのは,いささか抵抗がある.さらに,この時点ですでに現地時間で夕方なので,今日中に帰る便には乗れそうもない.調べていくと,二日後に出る便であれば比較的安いチケットを手配できそうだということがわかった.
そのなかで,明日,出発する便で,バンコク行きではなく,東京行きのチケットであれば,それなりにリーズナブルな価格で買えそうなものを見つけた.スイス航空とキャセイパシフィック航空の組み合わせで,アテネ→チューリッヒ→香港→東京という旅程である.
バンコクに戻らないと精算がややこしいことになりそうだなと,若干の躊躇はあったが背に腹はかえられぬ.即決で予約し購入.これで,なんとか足は確保できた.
これで帰れるよと横にいたK先生に伝えたら,残念なことに彼はそのチケットを購入できなかった.タイミングの問題だったのだろうか.それともメンバーシップのステータスの問題かもしれない.持っててよかったJGC.
次は宿探しである.思えば,昔,ヨーロッパ3週間の放浪旅をしたときも,次の街に移動してからインフォメーションでその日の宿を決めていたなあ……などと感慨に耽る暇はなく,イマドキなのでやはりホテルもネットで検索する.
アテネに来る予定はなかったので,まず,街そのものがわからない.調べてみると,シンタグマ広場という場所が中心地らしく,交通の便もよい.したがってそこを中心にホテルを探し,そこそこの価格のホテルを1泊,予約した.これで,宿も確保できた.
隣のK先生も,苦労の末,なんとか,日本への便と宿を手配できたようだった.ただし,彼はアテネに2泊しなければならず,LCCの組み合わせでフランクフルトからウランバートル経由というなかなかチャレンジングな便を予約していた.
あとで聞いたところによれば,エミレーツで代替便を手配したS先生は,5日までアテネに逗留することになったそうだ.この文章を書いている時点で,彼はまだアテネにいる.ご苦労様なことである.アテネに2泊したK先生も,空白の1日でパルテノン見物などを楽しまれたようだ.呑気な写真が送られてきた.
日本へ戻るチケットと宿を確保した我々は,とにかくホテルで休もうと,空港隣接の鉄道駅に向かった.ところが,また,ここで問題が発生,2月28日は,2023年に発生した鉄道事故の対応に対するデモがギリシャ各地で行われており,鉄道もストライキしていたのである.
ストライキの話は前日に聞いて知っていた.しかし,我々には関係ないものとばかり思っていた.まさかここでとばっちりを受けるなどとは夢にも思わない.まったくもう,一難さってまた一難である.
しかし,シンタグマ広場に宿をとった我々の嗅覚は確かだった.X95番のバスに1時間揺られれば広場まで連れて行ってくれるとの情報を得て,無事,バスで市内まで行けたのである.さらに,このバス,24時間運行という心強さ.翌日は7時5分発という極めて早朝の便にも関わらず,夜中のバスに乗って空港まで戻ってこられた.めでたしめでたし.
そんな経緯で,チューリッヒ,香港と経由して,いま,東京に戻ってきている.予定はだいぶ変更されたが,無事に戻ってこられてよかった.明日の講演の準備をしなければ.
思いがけずアテネに1泊したので,夜はギリシャ料理も堪能できた.写真はミートボール(左)とムザーカ(右).注文したときに,ミートボールの付け合わせを「ポテトにする?それともライスにする?」と尋ねられ,米飯に飢えているとのK先生のリクエストでライスを選んだら,これが格段に旨かった.自分も無意識のうちに米を欲していたのかも.アジアの血は揺るぎませんなあ.
また,トルコにも近いので,ケバブのような料理も有名だということも知った.人間万事塞翁が馬,禍福は糾える縄の如し.昔のひとは,なかなかいいことを言うものだ.


