2021年5月7日金曜日

ITを学ぶ楽しさ

総研研究員から大学教員に身を転じて今年で9年目,非常勤で教えていた頃から数えればもう10年以上,大学でIT関係のあれやこれやを教え続けてきたことになる.ITの世界はとにかくスピードが速いから,いまだに新しいことを学びながら教えているという自転車操業感も否めないものの,それでも学生時代からかれこれ30年ほど培ってきた知識と経験を拠り所に,なんとか情報系の大学教員としては問題のない教育・研究を提供できてきているのではないかと自負する.なにより,ITを学ぶ楽しさを学生に伝えたいという熱意は未だ途絶えていない.

Webアプリ開発を例に

さて,ITを学ぶ楽しさってなんだろう?と大上段から振りかぶってみたものの,なかなか難しい問いではある.先月刊行した本(飯尾2021)を例に挙げて,考えてみよう.

まあ,宣伝と受け取っていただいて構わないが,この本のよいところは,Webアプリの根本的なところを基礎知識として解説しておきながら,実際に手を動かしてひとつひとつ確かめつつ理解していくことができるという点にある.

正直,Railsを触り出してまだ数年しか経っていない私が,なんだか偉そうにRailsの教科書などと書籍を出版したのは,これは「Railsの教科書ではないから」なのだ.いや,まあプラットフォームとしてRuby on Railsを使っているので,正味な話,Railsの教科書でもある.なんか哲学めいた話だな.しかし,あくまでこれは「Webアプリケーションの教科書」だから.

台所事情を話すとDjangoで?っていう案もあった.しかし,私はRailsのほうがまだよく分かっているということと,えー?Python?という好き嫌いの面もあり,RailsでWebアプリ構築の教科書を作ろうということになったのである.

ものづくりの楽しさ

本書の一番のポイントは,大学院ゼミの講義録をもとに作られている点にある.世の中には大学の講義録に基づく書籍は数多あれども,IT系の,このような技術解説書籍でそのような出自の書籍はあまりみないような気がするが,どうだろうか(以前,私が編著者で出したプロジェクトマネジメント入門(飯尾2009)の書籍も農工大での講義録を編み直したものなので,実は私の得意技ではある).

そして講義録ベースだと何が嬉しいかというと,受講者の厳しいチェックが入っていることである.読者の皆様にも嬉しいはずだ.今回,ゼミ実施時に院生だった中村恵理子さんが入念なチェックをしてくださった.ゼミでいちど体験しているので勝手が分かっていたとはいえ,原稿を渡して,再度,通しで試してみて,厳しいダメ出しをしてくれた.そんなわけなので,めぼしいバグは全て潰されている.やはり,ソフトウェアだけでなく書籍でもテスト工程は大切だということだろう.

本書を読むときは,パソコンを脇に置いて手を動かしながら読んでいただきたいと願っている.1ステップずつ,しっかりと動作を確認しながら試していくことができるので,学ぶ楽しさ,ものづくりの楽しさも味わうことができるはずである.そしてまさに私が主張したかったITを学ぶ楽しさとは,ここにあるのではなかろうかと考える次第なのだ.

さらに知識を得る楽しさ

そしてある程度の知識を得ることができたら,さらに高度な書籍に手を出すことで,知識を深めていくことができる.まあ,これはITに限ったことではないが…….

本書で解説している範囲で十分にWebアプリを作って試してみることはできるとはいえ,著者である私にしても,実はまだよくわかっていないRailsの機能は多数残されている.あるいは,本書のターゲットはとりあえずそこそこちゃんとしたWebアプリを作れるようになれればよい,というところにある.それは,我々の用途としては小規模のアプリを作って小さなコミュニティで運用できれば十分だというニーズが多いためであり,大規模システムを構築する必要がないからである.

しかし,世間で実際にシステムを構築して運用するというケースでは,いろいろとシビアな条件を課されることもあろう.システムを止めないノウハウや,安定運用の手順も学ぶ必要があるだろう.そのようなニーズに対しては,次のステップで学んでいけばよいのである.ひととおり読み終えた時点で,次に進むだけの力はついているはずだ.

結論

こう考えてみると,やはり,ITを学ぶ楽しさというものは,不可能を可能にする楽しさというところにあるという結論に落ち着く.今回はたまたまWebアプリケーションというものを題材にしたが,べつに組み込みシステムだっていい.RaspberryPIとかArduinoとかハードウェアに近いところは,もっと「ものつくりの楽しさ」を体感できるかも.

あるいはAIや機械学習も,最近ではパッケージ化されて簡単に魔法のような情報処理を実現できるようになっているので,そのようなものも楽しそうだ.もっとも,ITを教えている教育者の立場としては,ブラックボックスを利用するばかりではなくて,内部へ踏み込む気概のある若者も育てていきたいと考えているが.

参考文献

飯尾淳, 最短距離でしっかり身に付く!Webアプリケーション開発の教科書 Ruby on Railsで作る本格Webアプリ, 技術評論社, 2021.

飯尾淳 編著, 中川正樹 監修, 演習と実例で学ぶ プロジェクトマネジメント入門, ソフトバンク クリエイティブ, 2009.


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