2022年9月14日水曜日

ハイブリッド学会,これでよいのか?

FIT2022という学会に参加した.この学会は電子情報通信学会と情報処理学会の共催という大きなもので,関連する領域で研究を進めている研究者にとってはそこそこ存在感のあるイベントである.私もこれまで何度かこの学会で発表したことがある.今年,私はプログラム委員と研究会担当委員を兼任しており,自らの発表はなかったものの,座長を頼まれたため9月14日午前中のセッションに参加することになった.

昨年,一昨年はたしかコロナ禍ということでオンライン開催だったと記憶しているが,今年は,他の学会にも倣ってオンサイトとオンラインを併用するハイブリッド形式で開催された.オンサイトの会場は慶應大学の矢上キャンパスである.同キャンパスは,日吉駅からいったん坂を下って谷を越え,再び坂を上がったところにある.日差しは秋めいてきたとはいえまだ残暑厳しく,朝に駅からテクテクと歩いて向かった私は,会場の教室に着いたら汗だくになっていた.

自らコミュニケーションを拒否?

9時30分がセッションの開始時刻であった.その時点で教室にいたのは座長である私と,機器操作兼タイムキーパーの学生アルバイト氏の二人きり.セッションの発表者は5名いたのだが,全てオンライン参加であった.

私は,教室で活発な議論がなされるであろうということを勝手に期待していた.勝手な思い込みで汗だくになって現地に来た私が浅はかであった.セッションが始まってしばらくして2名の聴講者が教室に現れ,最後のほうになってもう1名現れたので,最終的には広い教室に5名もいたことになる(実に,開始時点からすると2.5倍だ!).

オンラインの参加者は,発表者と共著者でほぼ全て,という印象で,15名程度いたであろうか.教室の参加者も同時にオンライン会議にログインしていたので,当該の会議室には20名程度の名前が並んでいたように記憶している.しっかり議論を進められるように「回線状況や参加している場所の制約などがなければ,できるだけカメラはオンにして参加してほしい」と何度か呼びかけたにも関わらず,応じて顔を出して参加したオンライン参加者は1名のみであった.流石に,発表者は自分の発表時には自らの顔を出して発表していたのだが,それができるなら常に顔出しでよいじゃないか,と苦言の一つも呈したくなる.

オンライン参加者による質疑応答は実に低調であった.積極的に質問やコメントを投げかけてくださったのは,ほぼオンサイトで参加してくださった方々ばかり,あるいは座長の私……(オンライン参加でコメントを投げてくれた参加者が一人だけいた.顔出しで参加してくれた1名その人である).なんだかやるせなくなってしまい,畢竟,厳しめのコメントを投げかけてしまった.ああ,まだ人生の修行が足りないな.

なんのための学会参加か

2020年・2021年は,ほとんどの国際会議がオンライン開催になった.海外に出張して会議に参加できないことが侘しいなと感じたものだが,使える予算の少ない若手(まあ,私もそれほど潤沢に予算があるわけではないが)にとって,旅費や滞在費をかけずに低予算で国際会議で発表した「実績を積むことができる」点で,ボーナスステージだ,と考えるものもいる,との話を聞いた.

近視眼的にみればその通りなのかもしれないが,はたしてそれでよいのだろうか.今回も同様の状況になってはいまいか?

オンラインで,かつ,ビデオもオフなので,自分の発表以外には何をやっていたのかは全くわからない.繋ぎっぱなしで他のことをしていたのかもしれない.員数合わせの会議で我々もよくやるので一概に批判はできないが,せっかくの学会参加のチャンスを自ら捨てていないだろうか.せっかく,いくばくかの費用を払って参加しているのにもったいない.

他人の発表を聞いてそこに対してコメントする,質問するなど,よい思考のトレーニングになるのに.10分15分の短い発表からなんとかしてコメントや質問を引き出すのはコミュニケーション力を強化するいい練習になる.そのような議論のなかから新たな研究のネタだって生まれるかもしれない.先日,東北大学で対面発表したうちの学生は,素晴らしいインタラクティブ発表をして,すごく受けたらしく「とても良い機会になりました」と言っていた.かような経験が,学生にとって,明日への糧,やる気の種になるだろう.

ハイブリッドでやる必要あるのか

地方からでも気軽に参加できるというオンライン参加のメリットは確かにある.しかし,気軽に参加できるということと,参加を軽んじるということは違う.今回,座長の私だけが現地にいて発表者が全員オンライン参加,かつ,真剣さも感じられなかった……という状況を目の当たりにして,そんなんならもう,ハイブリッド開催なんてやめちゃえば?と憤りを感じてしまった次第である.

8 件のコメント:

  1. 激しく同感です。せっかく谷越えで矢上キャンパスまでお越しいただいたのに、こういう状況ではがっかりですね。
    この2年以上、オンラインの状態が続いて、こういう参加の仕方がデフォルトになってしまったことはとても残念です。学会というところは、単なる発表の場ではなく、発表をネタにして、分野の近い研究者たちが議論し合う場であるはずですよね。「気軽に参加できるということと,参加を軽んじるということは違う」に大いに同感します。

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    1. ご同意くださって心強い限りです.今後,しっかり考えていかねばならない課題が増えましたw

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  2. 飯尾先生、じっくり読んじゃいました。
    似た経験あります。10年近く前、地方開催のシンポジウムで、私がプログラム委員長。同じ会社の人に参加して欲しかったし、若手社員に他社のご同業と議論して欲しかったので、技術開発部門の幹部に頼んで、若手社員を送り出してもらいました。そしたら自分の発表だけして、後はホテルに籠って仕事してました。
    他の人の発表を聞くのも大事だし、休憩時間に議論したり、懇親会、さらに2次会で飲みながら同業他社の状況を知って、自分と自社の位置/実践レベルを推し量る絶好の機会。私の知り合いを大勢紹介したかったんですが、果たせず。
    ちなみにプログラム委員長からの要望として、ポスターセッション会場にコーヒーとお菓子を出してもらって会話を弾ませようとしましたが、結局集まってきたのは常連が多かったなあという印象。
    技術の世界も所詮、人間関係、コミュニケーション抜きでは何もできないんですが、なかなか伝えるのは難しいです。

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    1. そうですよね.リアルな会議でも,たとえば国際会議で日本人だけ固まってる問題とか,いろいろと「あんたらさぁ」っていう寂しい状況はいまでも見かけます.コミュ力が高ければいいってもんでもないけれど,どうしたもんですかね

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  3. 私は,オンラインでは緊張感が無いので,学会がオンライン(またはハイブリッド)の場合,参加しなくなりました(つまり2年間,参加していない事に)。もう「対面学会」に戻る事はないものか・・・。(愛知教育大学 名誉教授 富山祥瑞)

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    1. 富山先生,おそらく揺り戻しが来ると私は予想してます.いましばらくの我慢です(生意気なコメントですみません).

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  4. 除村です。私が座長を務めたセッションでは、幸い参加者32人で議論も活発でした。しかし、授業も含めてですがオンラインは、真剣に聞かない、つなぐだけにする、他のことをするなど、人間の怠惰性を助長するように思います。オンラインの弊害は、社会全体への影響も含め、今後多くのところで出てくるのではないでしょうか。見直し議論が進むように思います。

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    1. 仰るとおりですね.新しい文化の浸透だけに,pros and cons を見極めていく必要があります

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