2026年4月4日土曜日

現代美術を嗜んでみた(お気楽クルンテープ通信 No. 55)

自宅からちょっと歩いたところにあるDib Bangkokという美術館を訪れた.現代美術を収蔵している美術館で,東南アジアとしては他に類を見ない本格的なもの,という触れ込みらしい.

私は近現代美術が好きだ.印象派やルネッサンス以前の西洋美術,あるいは浮世絵など日本の古くからある美術も嫌いではないが,やはりポップカルチャーの明るさに惹かれる.キュビズムやシュールレアリズムも好きだと公言していたら,つい先日,卒業生から記念品としてマグリットの画集をいただいた.ありがとう.

ただし,現代美術,コンテンポラリーアートというやつは,ちょっとよくわからない.奇をてらったものが多く,どう理解せよと?と難解な印象が鼻につくこともある.素人ながら,新規性を求めるとこうならざるを得ないのか?という気もする.

さて,Dib Bangkokである.チケットは完全予約制.ネットで事前に購入する必要がある.一般タイ人は550バーツ,その他は700バーツ.外国人価格の設定としては,比較的,良心的かもしれない.

現代美術ということで,行こうかどうか迷っていたのだが,昨夜,酔っ払ってネットにアクセスしていたら,いつの間にか購入していた.あぶないあぶない.インターネット,飲んだらやるな,やるなら飲むな.

というわけで,10時のチケットを予約し,QRコードを取得していた.スマホに保存されたこのコード,当日の10時から11時までの入場が有効である.なお,訪問したのは土曜日の午前中だったが,人影は多くもなく少なくもなく,ほどよい加減で静かに鑑賞できていい感じだった.

Dib Bangkokはエカマイの駅から歩いて20分くらい.駅を出て南に歩く.ひたすら歩いて,ほどよく汗をかいたところで大きな建物が見えた.歩くのがおっくうな人はGrabなりタクシーなりを使えばよかろう.敷地に入ると,奥にインフォメーションがある.そこでチケットを見せると腕に紙テープを巻いてくれて,入場できるようになる.

展示は右手の奥から入る.入っていきなり,ちょうど胸くらいの高さで横に数メートルの長さにわたって壁が破壊されている展示がある.その前には,鎖で繋がれた金属バットが立てかけてあった.

はて,破壊の象徴?青春の蹉跌?十五の夜?尾崎豊?……などと訝しく眺めていると,キュレーターがつかつかと寄ってきて,「そのバットで壁を殴ってください.ただし1回だけ」と英語で説明してくれた.「1回だけ」という条件が面白いなあと思いつつ,フルスイング!

ドーンという大きな音がした.びっくり仰天.壁は少しだけ破壊され,破片が床に散らばった.驚いた,が,楽しいぞ,これ.こういう現代美術は大歓迎だ.わけわからんが,面白い.

美術館は3階建てになっていて,それぞれのフロアに十数点の展示がある.印象に残る面白いものもあれば,よくわからないものもある.十分な広さがあって,奇妙なものをなんでも作ってよいと言われて,こういうものを作れたら楽しいだろうなあというものもある.もちろん,それを作る技量と才能は素晴らしい.

テーブル一面に数百個のポジフィルムが並べられており,ときおりテーブルのバックライトが光ってそれぞれを鑑賞できるという仕掛けの展示があった.

よく見ると,日本の風景だったり,女性のヌード写真だったり.そのなかに,あれ?このオジさん,高橋源一郎では?と思しきものが紛れ込んでいた.壁の作品説明を見ると,Nobuyoshi Araki とある.なんだ,アラーキー(荒木経惟)の作品じゃん.高橋源一郎と交友関係があってもさもありなんである.

完全に蛇足だが,私も学生時代に新宿は靖国通りに面したDubというバーでアラーキーに遭遇したことがある.女性に囲まれて楽しそうに談笑されていたのがとても印象的だった.

話はDib Bangkokである.展示をゆっくり観てまわり,なんだかんだで1時間少々,楽しんだ.ちょっとしたお土産をもらえたのも楽しい.「タイムレコーダーで時刻を刻印した紙の枠から,好きな部分を切り取って写真がとれるよ」とキュレーターが説明してくれた.せっかくなので,時節柄,戦争反対のインスタレーション(It is Time t End the Forever War)を選んでみたが,どうだろう(写真).

全体の印象としては,作品のユニークさもさることながら,キュレーターの多さに驚いた.そして皆,iPadを手にして,暇つぶししている.ただし,彼ら彼女らも仕事はきちんとやっている.

多くの作品の手前には,「ここから先は近寄ってはならじ」との線を示すテープが床に貼られている.ところが,つい,その線を超えて観てしまうんだなあ.人間だもの.すると,すかさずキュレーターがやってきて,ダメダメダメーッと注意されるのである.静かな美術館なので笛こそ鳴らさないものの,この所作はいかにもタイだなあという感じがする.

皆さんも,Dib Bangkok訪問時には,床の線には十分にご注意を.